COLUMN
2023/03/16

いまやアジャイル開発は必須の存在。全社規模での変革における「成功の鍵」とは

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現代のビジネス環境は不確実性が高い。そのため、顧客からのフィードバックに素早く対応しながら製品・サービスをリリースし続ける柔軟性が不可欠である。

継続的な進化と改善を繰り返す「アジャイル型アプローチ」を志向する企業が急速に増えているのは、経営者がマーケットの現状を敏感に捉えていることにほかならない。また、従来からの手法であるウォーターフォール開発はスピードの限界が露呈しているため、新たな活路としてアジャイル変革を実践する企業が増えている。

本コラムでは、アジャイル開発に関する疑問や課題を踏まえ、全社規模でアジャイル変革を成功させるために必要なフレームワークを解説する。

トータルな企業変革である「アジャイルシフト」が不可欠

企業におけるアジャイルシフトとは、ウォーターフォール型の組織文化・社内プロセス・契約形態・個々人のマインドなどをトータルで変革することだ。

前提として、ウォーターフォール型だけでは、もはや現代のビジネス環境では勝ち残れないという共通意識を生み出すことが重要だ。これを理解することがトータルな企業変革であるアジャイルシフトの出発点となる。

なぜウォーターフォール型だけでは限界があるのか。その理由は昨今のビジネス環境の変化のスピードにある。デジタル技術の急速な進歩はもちろん、国際情勢の変化、自然災害、パンデミックなどビジネスに影響をもたらす要因は多く挙げられ、それは突如発生する。ビジネスが計画通りに進まずに変更を余儀なくされることも多いだろう。

こうした突発的な変更にウォーターフォールでは追随しにくい。従来型の開発手法は完成・リリースまで時間がかかるほか、途中で仕様変更が難しいという弱点がある。さらに、市場環境の変化で当初想定していたユーザーのニーズが変化するかもしれない。競合他社が新しいサービスを展開するかもしれない中で、システムを早期にリリースできないことは、ビジネス機会や利益損失に直結すると言っても過言ではない。

ウォーターフォール型で開発されたサービス・製品の価値は、企画された時点が頂点だ。開発が始まると原則として変更は不可能なため、後から発生した市場環境や顧客ニーズの変化には対応できず、その価値は目減りしていく。よって、リリースされた時点で「すでに古いもの」になってしまっていることが多い。

市場環境の変化が遅かった時代であれば、それでも問題なかっただろう。しかし、変化のスピードが速く、それに追随するためにDXが推進されている現代では、もはや新たなアプローチを取らざるを得ない。

【図1】想定価値の変化に関する従来型とアジャイル型の比較

アジャイル型は、アップデートを繰り返すことでビジネス環境の変化に追いつこうとするアプローチだ。先行投資は少なくて構わず、売上やキャッシュフローを回収しながら次の投資を企画していけるため、ROI(投資収益率、費用対効果)の面でも向上が期待できる。

【図2】投資対効果に関する 従来型とアジャイル型の比較

もっとも、現在ではアジャイル型の重要性の認知度は徐々に広まってきた。しかし、単に小手先の技術やツールを採用するだけでは、組織全体を通じた変革を成し遂げることはできない。手法だけでなく、組織や文化、プロジェクトマネジメントの考え方すべてを通じて、アジャイルの考え方を取り入れることで、変化の激しい時代を勝ち抜く組織へと近づいていく。

アジャイル型は「成功率50%」という現実

アジャイルシフトの重要性が高まる一方で、その動きが十分に進んでいるというわけではない。経営者や情報システム部門長の間では「アジャイルは難しい」という認識も拡大している状況だ。それはなぜか。

アメリカの調査会社Standish Groupが発表したグローバル規模の調査レポートによると、従来のウォーターフォール型のプロジェクトのうち59%が問題を抱えており、さらに28%は明確に失敗している。成功はわずか13%とのことだ。

それに対してアジャイル型では42%のプロジェクトは成功しているが、この数字を大きいと見るのは早計だ。実質的に約50%のアジャイルプロジェクトは何らかの理由で問題を抱えている。

【図3】 ウォーターフォール型とアジャイル型の成功率

(出所:Standish Group CHAOS Report 2020を参考にRidgelinez作成)

続いて、国内へと目を向けてみる。PMI(Project Management Institute)日本支部のアジャイル研究会が行った調査では、約4割の日本企業が「アジャイルの導入経験がある」と回答していた。しかし、アジャイルを初めて経験した担当者の38%、経験者であっても34%が「アジャイルに対して批判的」という結果も出ている。

【図4】 アジャイルに対する評価

アジャイル創始者の一人でスクラム(アジャイル型開発手法の一種)の発案者でもあるジェフ・サザーランド氏もこの問題を指摘している。アジャイルを成功させるための方法論や知見はいまだ十分に浸透していないと言えるだろう。

アジャイルに対する「不安の声」はどこから出てくるのか

DXコンサルティングを手掛けるRidgelinezには様々な業種・規模の企業から「アジャイルを成功させるためにはどのような取り組みや手法が必要か」といった相談が寄せられている。そうした問い合わせの多くが「アジャイルに対する不安」に端を発している。

Ridgelinezは、これまでアジャイル変革を志向する企業の経営層や担当者と対面し、現場層の方々にインタビューした経験から、「アジャイルに対する不安」を以下の3つのカテゴリーに分類している。

  • 第1カテゴリー: 契約関連の不安
  • 第2カテゴリー:プロセスへの不安
  • 第3カテゴリー:実践への不安

これらの不安点をより詳細に見ていこう。

第1カテゴリー:契約関連の不安

まずは、契約に関する内容だ。請負契約でプロジェクトを任せてきた経営者からは、アジャイルでは完成責任が伴わない準委任契約が一般的であることや、そのために納期が不明確になることに対する不安を聞くことが多い。こうした懸念点は、プロジェクトを共に遂行するパートナーのレベルをどのように見極めるべきか、という選定の重要性にも帰着する。

【よくある不安の声】

  • 準委任契約では、完成責任が伴わないのではないか?
  • とはいえ、要件が固まらなくては、請負仕様書は作成できない。
  • アジャイルの見積もりの正確性が不安だ。
  • 設計工程がないため、アーキテクチャや品質、後々の手戻りが心配だ。
  • 非機能要件やインフラ、セキュリティは問題ないか?
  • アジャイルでは納期が無制限に伸びてしまうという話を聞き、心配だ。

第2カテゴリー:プロセスへの不安

次は、社内承認プロセスへの不安だ。アジャイルチームは俊敏性と柔軟性を発揮すべく、日次や週次といった高速サイクルで継続的にリリースし、ユーザーからのフィードバックを材料としながら次のアップデートを模索する。しかし、「リリースのための社内承認プロセスに時間がかかりすぎる」「社内規定でリリースは月1回しかできない」といった、旧来のプロセスがアジャイルの俊敏性を削いでいるケースは多い。

【よくある不安の声】

  • 社内の承認プロセスがウォーターフォールのままになっているが、どう対応したらよいか?
  • 社内の設計標準や開発標準も、ウォーターフォールのままになっているが大丈夫か?
  • アジャイルに取り組みたいが、社内標準改定に対しては抵抗勢力がいて、実践へのハードルが高い。

そもそも承認プロセスとは、組織を統制し、失敗やトラブルを未然に防ぐためのものだ。しかし、日本の組織は失敗と責任を結びつけた減点主義を取りがちで、これが自己の人事評価査定を守るためのリスク回避・責任逃れ・保守的(現状維持的)態度の温床となっている。

自発的で積極的な組織文化を醸成するには、自由闊達にチャレンジ・発言できる心理的安全性が不可欠だ。経営層自身が「失敗を教訓として学ぶ姿勢」「失敗を許容しながら実践知を積み重ねていく方針」に貪欲でなければならない。

第3カテゴリー:実践への不安

アジャイルは、ウォーターフォールとは考え方が全く異なるため、実践にあたって現場も管理者層も勝手が分からず戸惑ってしまうケースが散見される。未経験の領域であるためノウハウもなく、試行錯誤と苦労の果てに「アジャイルはうまくいかない」という残念な結論付けがなされることもよくある。

【よくある不安の声】

  • アジャイルに取り組むにあたって、経営戦略や事業戦略との整合性はどのように取ったらよいか?
  • 何から、どうやって手をつけたらよいかわからない。
  • ドキュメントがないとも聞くが本当なのか?
  • ナレッジが残らないのではないか?
  • 内製化の方法が全くわからない。
  • 本当にスクラムをスケールできるのか?
  • フレームワークがないという話は本当か?

次項からは、アジャイル変革の成功に必要なエッセンスを具体的に紹介していく。

アジャイルシフトを成功させるためのRidgelinezのアプローチ

現在のビジネス環境においてアジャイル型のアプローチを採用することが重要であるものの、そこには様々な課題や懸念点があることを述べてきた。これらを解消するためには、アジャイルを正しく理解すること、正しい方法論やフレームワークを採用することが求められる。

前段で紹介した「成功率50%」や「不安の声」は、全関係者が十分に納得しないまま、プロジェクトだけが走り出した結果によるものだ。アジャイルを正しく理解し、適切なルートを選んでこそ、アジャイル型プロジェクトは初めて成功への道へと進める。

「アジャイルにはフレームワークがない」という不安の声も聞かれるが、これは全くの誤解である。もっとも、最適かつ統合されたフレームワークを備えている支援サービスが少ないことも事実であり、そのためにこうした誤認識が広まっているとも考えられる。よって、今こそ正しいフレームワークや考え方を採用する必要があるのだ。

アジャイル変革のフレームワーク(1):7つの領域

Ridgelinezでは、全社規模でのアジャイル変革に必要なフレームワークとして、7つの領域と3つのフェーズ、4つのレイヤーでの同時並行的取り組みを提唱している。

重要なのは、経営戦略とテクノロジーの整合性を確保することと、「人起点」のデザインを備えた実効性の高い取り組みを推進することだ。【図5】で表している7つの領域は独立・分離されたものではなく、相互に影響し合い、協調することで効果を高め合う設計になっている。

【図5】 アジャイル変革のフレームワーク「Ridgelinez Agile Traverse Components

アジャイル変革で最初に取り組むべきテーマは「①経営戦略」だ。アジャイルをどのように取り入れて変革するかについては個々の企業の状況によって異なるため、経営者や事業責任者らによる入念な議論が必要だ。アジリティ向上のための施策が経営戦略レベルと噛み合っていれば、その後の展開スピードや得られる成果は大きくなる。

ウォーターフォール型のプロジェクトが浸透しきってしまっている企業の場合、「②プロセス」や「③組織文化」に関しても変革が必要だ。どのように承認プロセスを簡素化しながら必須の手続きのみに絞り込むかということは、自社の事業や業務内容の本質を残しつつ贅肉を削ぎ落とす取り組みだと言えよう。

ビジネスを支えるシステム面においても、変化を前提とした「④アーキテクチャ」を設計し、人に寄り添う「⑤デザイン」を描いたうえで、「⑥テクノロジー」を実装する必要がある。モノづくりの現場であっても、最新のクラウドやローコード/ノーコードのプラットフォームなど、拡張性・柔軟性のあるテクノロジーの積極的な活用を推奨している。

そして、目指すべき山の稜線は、「⑦スケーリング」だ。アジャイルでは、まず小規模な成功体験を1つ獲得し、そこから順次拡大していく。ステップ・バイ・ステップの取り組みこそが成功への第一歩だ。

アジャイル変革のフレームワーク(2):ロードマップ

アジャイル変革で事業をスケールさせるうえで焦りは禁物だ。全社規模でのアジリティ(俊敏性)獲得を目標とする場合、準備と環境整備は重要である。

第1フェーズ Trailhead:立ち上げフェーズ

アジャイル変革は全組織の文化の刷新でもある。プロジェクトによって発生し得るハレーション(副作用)を予測しつつ、経営層から従業員まで、全レイヤーへの共通理解の浸透とマインドチェンジを促していく。これは言わば、アジャイル変革後のビジネス展開のための下準備だ。

第2フェーズ Try and Error:実践/改善フェーズ

このフェーズでは、スクラムチームを立ち上げて、実際に製品やサービス、システム開発を実践し、リリースしていくことになる。小規模な成功を重ねながら段階的に広げていくことの必要性は、これまでに述べたとおりだ。実践と改善を交互に繰り返し、成長させていく点がポイントである。

第3フェーズ Scaling:拡大フェーズ

実践と改善を重ねた先には、規模の拡大が待っている。このフェーズにおいてはアジャイル変革を組織横断・全社展開していくと同時に、一部の先進的な従業員だけでなく全社員がDX人材となるように人材開発も並行して行っていく。

【図6】 アジャイル変革のフレームワーク「Ridgelinez Agile Traverse Roadmap」

アジャイル変革は部門・部署の垣根を越えた取り組みであるため、立ち上げフェーズでは従業員のレイヤーごとに必要な施策を行いつつ、段階的にレイヤーを跨いだ活動へと変えていく。ここでいうレイヤーには、経営層・事業部門・スクラムマスター・エンジニアの4つが挙げられる。

こうした3つのフェーズによる進め方を取ることで、ビジネス部門や間接部門の人材を段階的に巻き込んでいくことが可能だ。従業員がアジャイル変革の最前線に触れることは、DX人材の育成という面でも有効だ。

アジャイル変革の最大の鍵は「伴走者の選び方」

このようなアジャイル変革のフレームワークを実践し、全社規模のDXを推進するうえで、成功に直結する最大の鍵は何であろうか。それは、最適なパートナーを選択することである。

自己変革を自力で成し遂げられる人が少ないように、自社の全社規模の変革を独力のみで達成できる企業は限られている。著名なCEOに率いられたIT先進企業であっても、その陰には優秀な参謀がいるものだ。言い換えれば、変革の立ち上げからビジネスのスケーリングまでを共に考える「伴走者の選定」が重要になってくる。

では、どのように伴走者を選べばよいか。その判断基準として以下の点に留意いただきたい。

  • クライアントの経営課題に共感し、本質的に必要なサービスを提供できるかどうか
  • 経営戦略の策定からテクノロジーの実装、運用までEnd to Endで支援できるかどうか
  • アジャイルの専門家や有識者を一定の規模やレベルで有しているかどうか
  • DXの経験に裏付けられた実践知を持っているかどうか
  • アジャイル変革は「人の変革」であると考え、人材の再開発や組織変革を手掛けられるかどうか

Ridgelinezではアジャイル変革の伴走者として多くの企業を支援している。

例えば、国内製造業の大手光学機器メーカーの事例では、新しいサービス企画・システム開発にアジャイルを取り入れたいとの要望を受けてプロジェクトをスタートした。同社にとっては初めてのアジャイル開発で何からスタートしてよいか分からない状態であったため、立ち上げフェーズからRidgelinezのコンサルタントがプロダクトオーナー支援として参画し、サービス企画の原案を作成しつつ、要件に当たるユーザーストーリーまでを仕上げた。

同時に、将来の内製化を踏まえ、プロダクトオーナーとしての役割やタスクのナレッジトランスファー、コーチングも実施した。システム開発においては、Ridgelinezがスクラムマスターとエンジニアをアサインし、ユーザーストーリーをもとにスクラムチームでバックログを作成、アーキテクチャ策定後に、初回のスプリント開発を行った結果、スクラムチーム立ち上げから3か月で初回リリースに成功している。

このクライアントからは、「立ち上げからの伴走支援によって、初めてのアジャイル開発に成功した」「プロダクトオーナーやスクラムマスターの役割・立ち回りについて、Ridgelinezコンサルタントの伴走・コーチングによって自分達でも実施できるようになった」「技術力のある優秀なエンジニアのおかげで、予想を上回る生産性、高速開発を実現できた」との声を頂いている。

アジャイルは魔法の杖ではない。環境の変化とそれに伴う針路転換へ柔軟かつ迅速に対応し、経営者が求めるゴールに向かって最短距離で向かうためのアプローチだ。ぜひ今こそ自社の変革に向けた取り組みにご活用いただきたい。

執筆者

  • 尾形 順一

    Senior Manager

  • 北原 達也

    Consultant

  • 大脇 斉

    Consultant

  • 小菅 泰武

    Associate

  • 森口 章太

    Associate

※所属・役職は掲載時点のものです。

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