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【高岡浩三】あなたの仕事の93%は、仕事ではなく作業だ

2020年9月28日

#トランスフォーメーション

30年前、日本企業で埋め尽くされていた世界の時価総額ランキングに、今は日本企業の名前はほとんど見当たらない。 どうしたら、この30年間で生まれてしまった遅れを取り戻せるのか?その答えは、日本企業が“変わる”ことにある。 日本企業の変革をデジタルの側面から支えようと、今年1月に設立されたのが、DXコンサルティングファームのRidgelinez(リッジラインズ)だ。 同社は8月6日・7日、オンラインイベントTRANSFORMATION SUMMIT 2020を開催。2,000人以上が参加した。

登壇者

オンラインで生配信されたトークセッション、『「変化」を生き抜く企業のあり方、人、組織、そして働き方』の様子。Ridgelinezの新オフィス内スタジオから配信を行った。

スペシャルセッションでは、元ネスレ日本代表取締役社長兼CEOで、現在はイノベーション創出のコンサルティングを行う高岡浩三氏と、Ridgelinezのプリンシパル佐藤浩之氏が対談。Ridgelinez代表取締役社長の今井俊哉氏がモデレーターとなり、日本企業の変革をテーマに議論した。

「新しい現実」から目を逸らすな

今井 「変化」というキーワードで今多くの人が思い浮かべるのは、新型コロナウイルスの影響ではないでしょうか。高岡さんは、コロナ禍で日本企業の変革は前進すると考えますか?

高岡 この新型コロナウイルスは、変革の大チャンス。これで変われなかったら、日本企業は終わる。それくらい深刻に捉えたほうが良いと思っています。 こういったお話をする際によく、「どうしたらイノベーションを起こせますか」「そのために社内制度はどう変えたら良いですか」といった、具体的な手法に関する質問をいただきます。 ですがその前に、「イノベーションとは何か」「変革する意味とは何か」といった根本の問いを深く考えなければ、本質的な変化は起こせないと思っています。特にネスレ日本在籍中に毎日のように唱えていたのが、「イノベーション」と「リノベーション」の定義の違いです。

私の考えでは、イノベーションはお客様が気づいていない問題、あるいは「解決できっこない」と諦めているような問題に答えを出すこと。一方でリノベーションは、お客様が認識している問題を解決すること。

「暑さ」という問題に対して、「うちわ・扇子」「扇風機」「エアコン」はイノベーション。産業革命で生まれた新しいエネルギーを活用して、顧客が気づいていなかった問題を解決してきた例だ。一方で顧客の要望から生まれたタイマー機能や風力調整といった機能は、リノベーションと定義される。

定義ができて初めて、「ではどうしたら、顧客すら気づいていない問題を見つけられる?」という、手法の壁にぶつかります。そこで私がいつも言っているのが、「新しい現実」を見ろ、ということです。 このコロナ禍はまさに、新しい現実。たとえば満員電車で通勤することを問題と感じていなかった人が今、リモートワークを体験し、もう元の生活には戻れなくなっている。 では満員電車に乗らずに、オフィスのような環境を再現するサービスはないだろうか?自社社員が通勤しなくて済むには、どう人事制度を変えれば良いだろうか?と考え始めれば、それがイノベーションのタネになっていくんです。 この新しい現実を真摯に受け止めて、顧客の課題を探し、そのソリューションを考える。そのソリューションを実現させる手段が、第一次産業革命では蒸気、第二次産業革命では電気、そして今はデジタルなんです。

佐藤 おっしゃる通りコロナという新しい現実は、働き方や社内制度の変革に大きく寄与すると考えています。

私はRidgelinezに入社する前は、NTTドコモのグローバルPF事業拠点のCEOとして、決済事業やコンテンツ配信のプラットフォーム事業を運営していました。 そこで直面したのは、日本との「職務の専門性」に対する意識の違い。ドイツなど欧州の職場では、社員それぞれの職務範囲が明確化されており、そのジョブディスクリプション(職務記述書)をもとに、人事評価が行われているのです。いわゆるジョブ型の雇用形態ですね。 日本企業は反対に、明確な業務範囲が決まっていない、メンバーシップ型の雇用形態が主流です。欧米のマネジメントからは、専門性が十分に磨かれず、「何でもできるが、何もできない」社員を生み出しているように、見えてしまうことも。

ここ数ヶ月で、多くの企業がリモートワークを始めました。対面で仕事ぶりを見られない分、仕事の成果で社員を評価することが求められます。そのため従来のメンバーシップ型から脱していない組織では、仕事はうまく回らないはず。 ホワイトカラーのジョブディスクリプションを明確にして、成果に対して報酬を払う。今こそ、そういった雇用形態の変化が求められていると感じます。

4年前からリモート環境を整備

今井 ホワイトカラーの専門職化という話題がありましたが、高岡さんはネスレ日本でホワイトカラーの生産性を高める改革を推進してきました。 ホワイトカラーの代表格のようなコンサル業界も未だ、成果主義に完全移行できているとは言い切れず、やはり大きな組織で雇用形態を変えるのは、大変なチャレンジだと感じています。高岡さんは、どのように改革を進めたのでしょうか?

高岡 雇用形態を変えることの大変さは、よく分かります。とはいえ日本企業の生産性が低いのは明らかで、私がネスレ日本の社長に就任した時も、正直ホワイトカラーは人余りの状態でした。 そもそもホワイトカラーは「考える」ことが仕事。では実際どれくらいの時間を「考える仕事」に費やしているのか社内で調査してみたところ、仕事全体のうち7~8%しかなかったのです。 それ以外は、社内会議用の資料作成などのルーティーンワークに費やしている。これは仕事ではなく、作業。こんな状態では、イノベーションも、それにつながる顧客の問題発見もできるわけがありません。 これはなんとかせねばと、私が4年ほど前からネスレ日本で進めてきたのが、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入。労働時間を自分で自由に決められ、労働時間ではなく成果をもとに、給与を支払う制度です。

その実現のため、社員の約1600のジョブディスクリプションを見直し、職務範囲を明確化。また労働時間に縛られないと謳うなら、どこでも仕事ができる環境を整えなければいけません。そのために当時からIT環境を整備し、リモートワークを全面的に認めていました。 こうした取り組みで、ホワイトカラーの残業時間はほぼゼロに。社員の数も約3000人から2400人まで抑えました。これはレイオフしたわけではなく、一人ひとりの生産性が上がり、退職した分の人を雇わなくても仕事を回せるようになったということ。

覚悟のない経営者が、最大のボトルネックだ

今井 日本企業の生産性の低さや、イノベーションが起きづらい組織については、以前から警鐘が鳴らされていました。それでもなかなか変革が進んでこなかった事実には、どんな背景があるのでしょうか?

佐藤 正解を探してしまう日本のカルチャーが、大きな要因になっていると感じます。私もドイツに赴任して、日本での成功体験が全く通用しないという経験をしました。思い返すと当初は、手本になる何かを探してしまっていたんです。 ですが変革とは、今までと違うことに挑戦すること。正解なんてないと割り切って、とにかくやってみる。このマインドセットを持つことが、日本企業が変わる第一歩になると考えています。

高岡 私もそう思います。ネスレ日本を引退した後、企業のイノベーション創出やDXのコンサルティングを行う会社を1人で経営しているのですが、ちょうど最近、一度お引き受けした仕事をお断りする、ということがあったんです。 そもそも変革にはリーダーシップが最も重要と考えているため、私の仕事相手は基本的に社長です。ですがある社長から、「他社の成功事例を見せてほしい」とお願いされてしまい、話が前に進まなくなってしまった。 変革やイノベーションは、誰もやろうとしていないことだから、そのまま真似できる成功例は存在しないんですよね。誰もやったことがないことにチャレンジする、そういった覚悟が経営者にないと、変革は難しい。こういった経営者の不在は、実は企業変革の最大のネックです。

今井 一般的に社長の任期は2〜4年程度、という暗黙の了解も存在していますよね。

高岡 短い任期では、変革へのモチベーションが生まれない。「波風立たせずにやり過ごそう」という気持ちが働いてしまいますよね。これは大きな問題で、日本のガバナンスができていない証拠だと思っています。 この任期の慣習が生まれたのは、人口も経済も右肩上がりに伸びていた高度経済成長期は、誰が経営してもそこそこうまくいったから。その慣習を、理由もなく今も続けているだけなんです。

今井 今日のお話を伺い、社内変革のプロセスとして、変革の本質的な意味を社内に浸透させることの重要性を、再認識できました。そこからリーダーが、覚悟を持って変革を牽引していく。 その上で、社員一人ひとりが専門領域を持って顧客の問題を探り、イノベーションを起こしていく。変革の大きな道筋が見えたと感じています。 Ridgelinezは、そういった日本企業のトランスフォーメーションを、デジタルの面からお手伝いしていきたい。

私たちが重視するのは、戦略立案といった上流の部分だけでなく、実装の部分にも注力すること。そのために、Ridgelinezには専門分野の異なるコンサルタントが所属し、さらに外部のプロフェッショナルともパートナーシップを組んでいます。 社名にも入っているリッジラインは、山の稜線という意味です。トランスフォーメーションの道のりは、山登りにたとえられると考えていて。もちろん道のりは苦しいのですが、ある時ふっと、視界が開ける瞬間があるはずなんです。 Ridgelinezは、山をどう登るかの道筋をお客様と一緒に考え、道に迷いそうになった時や苦しくなった時は、登頂までサポートできる存在でありたいと考えています。 そのためにも私たち自身が、正解のない挑戦を続け、先行してトライ&エラーを繰り返していく。日本企業の変革をデジタル面から支えられるよう、貢献していきたいと思います。

(制作:NewsPicksBrandDesign 執筆・編集:金井明日香 バナー写真:白川啓一 デザイン:小鈴キリカ)