ドラッカー・フォーラムで議論されたリーダーシップの未来―「カオスを経営する」

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エイミー・エドモンソン教授とケイティ・ジョージVPが参加したパネル・ディスカッションの様子

2025年11月6日と7日の2日間、第17回Global Peter Drucker Forum (以下、「ドラッカー・フォーラム」)が開催された。現代経営学の父と称されるピーター・ドラッカーの業績を記念し、世界トップクラスの経営思想家と企業のビジネスリーダーが毎年この時期にオーストリアのウィーンに集い、経営理論と実践の両方の立場から議論を戦わせる国際会議だ。私もセッション・チェアとフォーラム・アンバサダーとして貢献するとともに、世界中から集まった参加者と意見を交換した。今回のドラッカー・フォーラムのテーマは、「Next-Era Leadership: All Hands on Deck (次代のリーダーシップ: 全員参加で)」。このテーマにはどのような意味が込められているだろうか?

今世紀の第1四半期に世界はいくつもの大きな変化を経験した。デジタル・テクノロジーの浸透とAIの急激な進歩、リーマンショック、気候変動リスクの高まり、パンデミック、米国一極が支配するグローバル秩序の終焉と地政学的な緊張の高まり。私たちは時代のパラダイム・シフトに立ち会っている。これまでよりも複雑につながり合い、不確実性が常態となった、カオス化した世界が出現している(※1)。

図表1 カオス化する世界

20世紀においては、業界や市場は整然とした領域に区切られ、領域内での出来事は直線的(線形)に緩やかに推移した。時折ブラックスワン的な予期せぬ事態が生じるものの、未来予測に基づいて計画・実行するプロセスが有効だった。企業は工場設備などの社内のリソースや能力を高めることによって競合優位性を確保し、テクノロジーをツールとして使って効率性を向上させることに凌ぎを削った。しかし、21世紀は世界中で個人や企業が領域を超えて複雑につながり合う、従来とは異なる世界になってきている。経済・社会は曲線的(非線形)にかつ爆発的に変化し、未来を予測することは非常に困難になった。また、企業にとって、社内よりも社外にマネジメントの比重が大きくシフトした。従来は外部要因として片付けられてきた地球環境や政治問題、社会問題が重要な経営アジェンダとなり、事業を大きく成長させるためには社外のエコシステムを活用しなければならなくなった。この複雑につながり合った世界で、テクノロジーはもはやツールではなく、統合されたビジネスの基盤になってきている。

図表2 パラダイム・シフト

このように不確実でカオス化した世界におけるマネジメントとリーダーシップはどうあるべきだろうか? 従来の経営では、不確実性はリスクとして忌み嫌われた。しかし、「カオス=悪」と決めつけていいのだろうか? カオスを逆手に取るマネジメントはあるのだろうか? これがこの論考で問いかけたい本質的なテーマだ。

様々なスピーカーがフォーラムで発言した中から、どのような新しいリーダーシップが求められているのか、そこにAIがどのように関わってくるのか、カオス化する世界で繁栄する組織とは何かについて、最も印象に残った議論を振り返りながら、カオスを逆手に取ってマネジメントを変革する方法について考えていきたい。

(※1)カオス: 「混沌や無秩序」を意味する言葉で、コスモス(秩序)の対義語。複雑系科学では「決定論的な法則に従うが、初期値のわずかな違いが将来的に予測不能なほど大きな違いを生む、複雑で不規則な現象」を指す。

新しいリーダーシップの模索

20世紀には、綿密な計画を立てて指揮統制するリーダーシップが主流だった。計画に沿って確実にビジネスを遂行することが求められ、失敗は罰せられるべきと考えられた。しかし、このやり方は21世紀のカオス化した世界では通用しないかもしれない。

科学者のように考えよう

「不確実性の高い世界では、失敗こそ奨励されるべきだ」と主張したのは、心理的安全性の提唱者として知られるハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・エドモンソンだ。私たちは、科学者が仮説・理論を検証するために数多くの実験と失敗を繰り返すやり方を学ぶべきなのだ。「失敗(Failures)は間違い(Mistakes)ではない。新しい領域に挑戦し、仮説・理論を構築、十分にリサーチ・準備したうえでの結果としてのインテリジェントな失敗から学習することが重要だ。リーダーは、社員の心理的安全性を確保し、悪い情報を差別せず、失敗の経験を共有するカルチャーを醸成しなければならない」と語る(※2)。企業側からも、彼女に賛同する声は数多い。その一人、マイクロソフトのCorporate Vice Presidentケイティ・ジョージは、「AI時代にこそ、継続的な実験を通じて学習するカルチャーが不可欠になる」と強調した。

ハーバード・ビジネススクール教授 エイミー・エドモンソン

新しい世代のアンチ・リーダーシップ

21世紀の主役となる若い世代の意識も、従来の世代とは明確に変化してきている。今回のフォーラムでは、Z世代などデジタル・ネイティブたちのリーダーシップに対する意識についても盛んに議論された。皆が口を揃えたのは、「若い世代は誰もリーダーにはなりたくない、ある程度以上昇進したくない」ということだ。この変化は世界中で起こっていて、日本でも同様の状況だろう。働き方をコンサルティングするハンス・ルシネクは「リーダーの仕事は過負荷になっている。若者が望む仕事は、20年前は銀行員、10年前は戦略コンサルタント、5年前はスタートアップだったが、今ではソロワーカーが人気で誰もリーダーになりたいと思わない」と語る。Think Youngの創業者アンドレアス・ゲローサも「若い世代はチームワーク志向が強い。リーダーシップの概念を刷新しないといけない。誰か一人が意思決定するという時代は終わった」と発言し、若い世代のロールモデルはサッカーなどのチーム・スポーツのスーパー・プロフェッショナルだと分析している。若い世代の行動を問題視するのではなく、彼らが全く異なる価値観を持っていることを起点に考えることが必要だ。

仕事に介入せず、進捗を妨げない

では、21世紀のリーダーが取るべき行動は何だろうか? 逆にやめたほうがいい行動は? ハーバード・ビジネススクール名誉教授のテレサ・アマビールは、7企業 238人の長期にわたる詳細な仕事日誌を分析した結果、企業の盛衰を分けたものは働く人のインナー・ワークライフにおける幸福度だったと、柔らかいが確信に満ちた声で語った。インナー・ワークライフとは、仕事中に個人が経験する感情・意識・モチベーションの絶え間ない相互作用のことだ。「インナー・ワークライフに最もポジティブな影響を与えた要素は、仕事の意味だった。とりわけ日々の小さな成功による仕事の進捗がインナー・ワークライフにポジティブな影響を与え、それを妨げることが最もネガティブな影響を与えることを理解すべきだ」と強調した(※3)。リーダーが指揮統制を発揮して部下の仕事に細かく介入すればするほど、ビジネスの成功は妨げられるという皮肉なことが起こっている。前述のハンス・ルシネクも「常時介入する企業のワーク・システムは壊れている。働く人の仕事を妨げるノイズを取り除くことが、本当のリーダーの仕事だ」と語り、「今は未来の地図は誰にも描くことができない。有効なのは座標を示すコンパスだ。6歳の子供に仕事の未来を語ることができるか、この仕事が無くなったら何を失うのか? これがバリューだ」と続けた。

ハーバード・ビジネススクール名誉教授 テレサ・アマビール

これらの議論をまとめると、現在のカオス化した世界では、緻密な計画を立ててすべてを指揮統制するリーダーシップはもはや時代遅れだということが分かる。これに関連して思い出すのは、昨年惜しまれつつ亡くなった一橋大学の野中郁次郎名誉教授(※4)が、「オーバー・プランニング、オーバー・アナリシス、オーバー・コンプライアンス」が日本企業を駄目にした原因だと常日頃おっしゃっていたことだ。つまり、責任事項が積み重なったリーダーの役割をアンバンドルすることが必要なのだ。これからの時代に求められているのは、実験から学習する制度や文化を整え、細かく介入せずチームワークを支える新しいリーダーシップだ。そこにAIはどう関わってくるのだろうか?

(※2)参考: エイミー・エドモンソン著「失敗できる組織」(早川書房)
(※3)参考: テレサ・アマビール著「マネジャーの最も大切な仕事――95%の人が見過ごす小さな進捗の力」(英治出版)
(※4) 経営思想への多大な貢献を称えられ、2023年10月に欧州ピーター・ドラッカー協会より名誉フェローシップを授与された。

AIが与えるマネジメント・インパクト

AIは急激に進化を続けていて、リサーチや文書作成などの仕事の生産性を向上させるだけでなく、ソフトウェア・コーディングやカスタマー・サービスなどの自動化に大きな威力を発揮している。AI導入のパイロット・プロジェクトからなかなかROIが上がらないという問題がある一方で、すでに企業の人員削減やエントリー・レベルの雇用抑制などに影響を及ぼしてきている。しかし、AIを使って自動化を進めて人件費などのコストを削減し、事業を効率化することが最適解かと言うと、大きな疑問がある。

ドラッカーは、「マネジメントとは人間に関することだ」と強調し、「その任務は、人の長所を生かし、短所を補うことによって、人々が協力して成果をあげるようにすること」だと説いた。21世紀のAIと共生する時代に、私たちは人間とAIのハイブリッド組織をどうマネジメントするかを考えなければならなくなった。リーダーはAIをどのように活用すべきなのだろうか?

AI時代の課題は人間の成長

フォーラムのオープニングではオーストリアと日本をリアルタイムで結び、富士通の時田隆仁CEOがAI時代のリーダーシップの課題について語りかけた。冒頭で「ドラッカーは人間性を中心に置いた。マネジメントとは効果的なコラボレーションを促進し、ウェルビーイングを向上させることであり、リーダーシップの要諦は人が安心して自由に仕事ができる環境を整えることにある」と発言。そして、「AIの進化は私たちの想像を超えている。AI活用の要点はすべてを自動化することではなく、人の能力を拡張することにある。テクノロジー企業として富士通はAIの社内活用および顧客導入を推進しており、その一環で先般もNVIDIAとの戦略的協業の拡大を発表した」と続けた。その締めくくりとして、「AIが急激に進化する中で、人間とは何かを問い直すことが求められている。次代のリーダーにとっての大きな課題は、どのように人間の能力を高め、より良い社会を築くために人とAIのコラボレーションをどのように導くかということだ」と大きな問いを投げかけ、フォーラムにおける議論を促した。

富士通CEO 時田隆仁

AIへの過度の依存は人間を退化させる

時田CEOと同じ問題意識を取り上げたのは、欧州ピーター・ドラッカー協会エグゼクティブ・ディレクターのヨハン・ルースだ。彼は21世紀の新しい経営フレームワークを形作るドラッカー・フォーラムの「Next Management」イニシアティブ(※5)をリードする一人だ。ヨハン・ルースは、「このAI時代に我々の前には2つの道がある: 人間の知的能力を退化させる道 (Erosion Curve)と、人間の知的能力を拡張させる道 (Amplification Curve)だ」と警鐘を鳴らした。学校での勉強にしても仕事の提案や課題解決にしても、ただ安易にAIに答えを求めてしまったら、新しいアイデアを発想し、説得力あるストーリーを作る能力は衰えてしまうだろう。AIには無い、人間が真に大切に伸ばすべき能力は何だろうか? 彼は、「好奇心、創造性、批判的思考、身体知、共創する実践知の5つの能力こそが、AI時代のヒューマン・マジックだ」と語った。では、人間ならではのこれらの能力を活かしつつ、どのようにAIを活用すればいいのだろうか?

欧州ピーター・ドラッカー協会エグゼクティブ・ディレクター ヨハン・ルース

人とAIのコラボレーション

オックスフォード大学の数学教授で、私もファンである「素数の音楽」などのベストセラー作家 マーカス・デュ・ソートイは、「AIのナラティブ(物語)を見直す必要がある」と声を上げた。「(その筋書きは)AIが雇用を奪うのではなく、イノベーション創出の強力な手段として活用するというものだ」と語りかける。AIはデータから自律的にパターン認識を行うことに優れていて、かつてDeepMindのAlphaGoが囲碁の世界チャンピオンに勝利したように、人間には見つけられない新しい方法を見いだすことができる。将棋の世界でも、藤井聡太6冠がAIをパートナーとしてトレーニングを続けることで強くなったことはよく知られている。ビジネスにおいても、AIを使って薬剤候補化合物を探索することで従来10年以上もかかった創薬プロセスが加速されている。人とAIがパートナーとしてコラボレーションし、AIが人間の創造性を補完し、ブレイクスルーを生み出していく可能性を追求しなければならない。

オックスフォード大学 数学教授 マーカス・デュ・ソートイ

雇用という形態の終焉 (Employment is Dead)

その先にあるのは、カオス化する世界で個人を輝かせる未来像だ。シリコンバレーの著名な起業家でWork3 Institute Chief Future Officerのデボラ・ペリー・ピシオーニは、「雇用という形態は役割を終える」と語る(※6)。議論を促すための極論ではあるが、彼女が言いたい本質は「AIの活用は、企業が従業員を雇用するという従来の形態から、人が自律的にワークする形態へのシフトを加速する」ということだ。「管理業務だけでなく戦略プランニングもAIが超低コストで瞬時に行える。企業がAIのパイロット・プロジェクトで失敗しているのは、組織データが整備されておらず、かつサイロ的な組織に適用したから。End-to-Endのクロスファンクショナルな業務フローに適用する必要がある」と述べ、積極的なAI活用を促した。

W3 Institute Chief Future Officer デボラ・ペリー・ピシオーニ

AIが人間を退化させるのか、それとも成長させるのかは、私たちがAIをどう使うかにかかっている。プロセスの自動化はもちろん重要だが、それ以上に人間の能力を拡張させることにリーダーは意識を向ける必要がある。AIとのコラボレーションは、カオス化する世界において様々な最前線(エッジ)で働く人たちの自律的な意思決定を支援するために活用できる。その延長線上にあるのは、20世紀とは異なる、よりフラットで分散型のヒューマンセントリックな組織だ。

(※5)詳細は、著者コラム「人を起点にマネジメントを再創造する ―ドラッカー・フォーラムのNext Managementイニシアティブ―」を参照
(※6)参考: デボラ・ピシオーニ著 「Employment is Dead」(Harvard Business Review Press)

カオス化する世界で繁栄する組織

20世紀の産業化時代に、企業は規模の拡大による効率性の最大化を推し進めた。それを支えたのは、階層型組織と官僚主義的なプロセスに基づいて、リーダーが集中的に意思決定して指揮統制するマネジメントだ。しかし、その副作用として、企業で働く人は機械の歯車のように矮小化され、働く自由裁量を失ってしまった(※7)。21世紀のカオス化する世界において、こうした組織形態は曲がり角を迎え、すでにいくつもの企業が組織のフラット化や意思決定の分散化を進めている。しかし、その変革が容易ではないことも事実だ。変革を成功に導く鍵は何だろうか?

カオス化した世界では分散型組織が繁栄

家電メーカーGEアプライアンスCEOのケヴィン・ノランは、同社が中国のハイアールに買収された後、従来の階層型組織から分散型組織への変革をリードしてきた。企業自体をプラットフォーム型にして、その支援の下に企業内起業家が数多くのマイクロ・エンタープライズと呼ばれる事業体を自律的に運営し、プロフィット・シェアリングを受けるという組織形態だ。5年にわたるマネジメント・システムの大変革は様々な困難を伴ったが、実り多いものだった。GE時代と同じ従業員で同じ工場を使いつつビジネスの急成長を実現した。ケヴィンは分散型組織への変革の成功要因として、「(権力にしがみつく)リーダー層は抵抗したが従業員が変革を歓迎したこと、顧客が変革を認知・支援してくれたこと、カオス化した世界ではこのシステムは繁栄すること」の3点を挙げた。昨年のトランプ関税で米中貿易摩擦が激化した危機的な状況をどのように乗り切ったのかという質問に対しては、「最新の情報を全従業員にトランスペアレントに共有」することに注力し、それが有効だったと述べた。先が分からない状況では、分からないことを正直に認めたうえで、全員がフラットに同じ情報を共有して力を合わせることが重要だ。

GEアプライアンスCEO ケヴィン・ノラン

巨大企業を階層型からチーム型組織へ

ハイアールと同様の変革は、ヨーロッパの巨大企業でも進められている。創業163年で9万人の従業員を持つ製薬企業バイエルは、2023年に組織のフラット化に舵を切り、1,500のカスタマーチームと700のプロダクトチームに再編。全社を90日の事業サイクルで回し、アジャイルな実験と学習を実現している。同社Chief Catalystのマイケル・ルーリーは、「20世紀型のマネジメント・システムは、ハイリスク・ハイコストで限界に達した」と語る。膨大なコストと10年以上にわたる期間をかけて新薬を開発するビジネス・モデルは破綻し、もっとアジャイルにイノベーションを生み出すことが求められている。「R&Dや製造などの機能別組織が企業内サービスプロバイダーとしてスタートアップ型のクロスファンクショナル・チーム組織を支援する形態に変革した。従来のような指揮統制ではなく、ピア・ツー・ピアのアカウンタビリティが有効だ」と強調した。

バイエルChief Catalyst マイケル・ルーリー

分散型組織を成功させる鍵

ハイアールやバイエルのように組織の分散化を進める企業は注目を集めているものの、まだまだ少数派だ。この分野を研究するインシアードのマイケル・リー助教授は、分散型組織への変革を成功させるには「継続的な実践と努力が不可欠だ」と強調した。ただ縦の階層を横にフラットにするだけでは駄目だ。「権限範囲の明確化、権限を人にではなくワークに帰属させること、組織全体でのトランスペアレントなコミュニケーションを一貫して実行すること」が重要だと説く。さらに、「パフォーマンスが高い人は自律的な働き方を選好するが、多くの人はある程度コントロールされながらより自由に働くことを選好している」と語った。分散型組織とは言っても、それは無秩序(アナーキー)な状態では決してなく、安定したストラクチャーや明確なルールやプロセスが必要とされるのだ。

(※7)2025年の第16回ドラッカー・フォーラムでのロットマン・スクール・オブ・マネジメント元学長ロジャー・マーティンの発言より。著者コラム「ドラッカー・フォーラムで議論された知識労働の未来」参照。

カオスを経営する

これまでの議論を振り返ると、カオス化した世界においては、積極的に実験と失敗から学習するプロセスやカルチャー、組織の前線(エッジ)で働く人が自律的に意思決定する分散型組織への変革が有効だということが理解できる。AIは、現場での創造的なワークや自律的な意思決定を支援するために活用することができるだろう。これらの提案の背景には、ビジネスの不確実性についての共通する考え方があると感じた。

今回フォーラムで私自身が発言したのは、「不確実な世界においては、変化に反発(バウンス・バック)するのではなく、変化にアジャイルに適応し、その経験から学習し、ビジネスを進化(バウンス・フォーワード)させていく反脆弱性(アンチ・フラジリティ)の能力が重要だ」ということだった。反脆弱性は、ブラックスワンなどのベストセラーで知られるリスク専門家のナシーム・ニコラス・タレブが提唱した新しい概念だ(※8)。概して20世紀の企業は、時折生じる予期せぬ変化やリスクを跳ね返す堅牢性(ロバストネス)や回復力(レジリエンス)を高めることに注力した。しかし、不確実性が常態化した21世紀においては、より積極的に実験と失敗を通じて変化から学習し、ビジネスそのものを変化に適応進化させる反脆弱性の組織能力が求められている。

Ridgelinez Senior Advisor 高重吉邦

反脆弱性を持つ組織の秘密は、内側にカオスを取り込んでいることだ。組織の外部環境がカオス化する中で、従来のように堅固な壁を築いて組織の内部秩序を守るのではなく、カオスを内部に取り込んで自らも変化していく。これは実は、わたしたち生物が進化してきた戦略そのものだ。最初の生命は40億年前にカオスの海の中で生まれたと考えられている。その原始的な単細胞生物は、柔らかな細胞膜で海水を包み込み、膜の内側に構造化されたコスモス(秩序: 細胞内小器官や遺伝子など)と揺れ動くカオスとを併せ持つ戦略を取った。一方で生命は、堅牢な遺伝子を持ち、壊れた細胞を再生し、免疫システムで外敵の侵入から身を守り、恒常性(ホメオスタシス)を保つといった、システムの安定性を維持する堅牢性や回復力を発達させた。もう一方で生命は、システムの内部に揺らぎを持ち、多細胞化、有性生殖による遺伝子のシャッフル、遺伝子の突然変異、免疫系のランダムな抗体生成、複雑な脳のニューロン・コネクション、さらには異なる個体の群れや社会の形成などにより、システムの複雑性や多様性を拡張していった。内側にカオスを組み込むことで、もし外部環境が激変しても、その中のどれかが適合して生き残ることができた。生命とは安定したコスモスと揺れ動くカオスのハイブリッドだと考えることができる。中国古典の老子が語るように、混沌(カオス)は万物の母なのだ(※9)。

会社組織と生命組織は、本質的なところでは相似形を成していると思う。今回フォーラムでの重要な議論に共通するのは、従来の秩序だった組織の内側にカオスを組み込もうとする企てだった。ただし、アナーキーにではなく、コントロールされたやり方で。エイミー・エドモンソンが提唱する「実験と学習」は、科学者のように数多くの実験を繰り返すことを通じてビジネス環境変化に適応するイノベーションを生み出す確率を高める。GEアプラインスやバイエルは、あえて多数の企業内起業ユニットやクロスファンクショナル・チームという複雑性や多様性を組織の内側に組み込むことで、変化に対するアジリティを向上し、イノベーション創出に結びつけている。こういった組織の最前線(エッジ)からトップまでの全員が力を発揮する組織(今回テーマの“All Hands On Deck”)は、ビジネス環境変化のストレスを克服して、より強く進化する反脆弱性の組織能力を持つのではないだろうか。

そこでAIはどのように活用すべきだろうか? AIの急激な進歩に伴い、21世紀の組織は人とAIがコラボレーションするハイブリッド形態になっていく。AIで人を代替してビジネス・プロセスをすべて自動化することは効率性を最大化するかもしれないが、想定から外れた事態や実世界の複雑な文脈に対しては脆弱性を露呈するだろう。今後リーダーが取り組むべき21世紀の組織論の課題として、人とAIのネットワークをどのようにデザインするかが問われている。20世紀型の階層型組織の中に特定のタスクを実行するエージェント型AI群を配置して効率性を向上するデザインもあるだろう。一方で、GEアプライアンスやバイエルのような分散型組織で自律的に活動する小集団を、専門機能を持つエージェント型AIのネットワークが支援するデザインも考えられる。これは、人とAIで構成されるエコシステムを社内に構築することにほかならず、人間の実践知とAIのパターン認識力を組み合わせて知を創発し、反脆弱性の組織能力を強化できる可能性がある。どのようなデザインを構想するにせよ、非常に重要なことは「人と人、人とAI、AIとAI」の間の信頼(トラスト)をどのように構築するかだと思う。

(※8)参考: ナシーム・ニコラス・タレブ著「反脆弱性―不確実な世界を生き延びる唯一の考え方」(ダイヤモンド社)
(※9)老子道徳経第1章「無明天地之始、有名万物之母」大意は、天地が形作られる前、すべてが混ざり合って、区別がなく、名もなき状態(混沌)があった。それがすべての生命や物質を生み出す「母」である。

まとめ: 21世紀のリーダーシップ

今回フォーラムでの議論に基づき、20世紀と21世紀のリーダーシップとマネジメントの特徴を私の視点から以下のようにまとめてみた。両者の本質的な違いは、組織からカオスを排除してコントロールするのか、それとも組織の中にカオスを取り込んで適応進化しようとするのかだ。この「問い」を経営者自身が自らに投げかけ、それぞれに異なる経営の文脈に応じた「道」を見いだしていくことが求められていると思う。また、現在ドラッカー・フォーラムが進めている「Next Management」イニシアティブにおいて、具体事例のリサーチやより深い議論が進むことを期待している。

図表3 20世紀と21世紀のリーダーシップとマネジメントの特徴

なお、今回フォーラムでは、富士通から時田社長のほかに同社Uvance Wayfinders事業をリードする習田晋一郎 Global CEO & Senior Managing Partner、ユルゲン・ライナー Managing Partnerが登壇し、トラステッドなAI活用の方向性やイノベーションについて活発な議論を行った。

次回のドラッカー・フォーラムは、2026年11月4日と5日に開催され、いよいよイノベーションをテーマに議論を展開する。日本からもより多くの参加を願っている。

(注)本コラム中のすべての写真は、Copyright: Global Peter Drucker Forum and elephant and porcelain GmbH

執筆者プロフィール

元富士通のVP・チーフストラテジストとして同社の未来ビジョンのストーリー制作を10年以上にわたりリード。現在、Ridgelinezのシニアアドバイザー、ならびにGlobal Peter Drucker Forumのアンバサダー。主にはビジネス・社会の未来ビジョンとストーリーテリングについてアドバイザリーを行っている。

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  • 高重 吉邦

    高重 吉邦

    Ridgelinez株式会社

    Senior Advisor

※所属・役職は掲載時点のものです。

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