はやく市場に届けてこそ価値になる―開発リードタイム4割削減に挑むHGYBの基盤改革
中国メーカーの台頭などにより、競争環境が一段と厳しさを増すEV(電気自動車)市場。そんな中、この領域で勝負に挑もうとしているのがHonda・GS Yuasa EV Battery R&D(HGYB)だ。
HGYBはモビリティ開発を牽引してきた本田技研工業(Honda)と、蓄電池技術を磨いてきたGSユアサとの合弁で2023年に設立された企業であり、EVの競争力を左右する電池の設計開発事業を手掛ける。同社は市場競争力強化に向けた開発リードタイムの短縮を重要な経営テーマの1つに据え、スピードと成果の両立を目指してきた。
しかし、変革は容易ではなかった。業務プロセスの属人化や、現場業務に忙殺されがちな中間管理職、そして異なる企業文化のすれ違いなど、個別の改善では乗り越えられない構造的な課題が立ちはだかった。
そこで同社は、Ridgelinezとともにプロジェクトを推進する道を選んだ。HGYBが直面した課題に対し、Ridgelinezはどのような解決策を提示したのか。また、今回の取り組みを通じてHGYBはどのような手応えを感じているのか。プロジェクトに関わった両社の中核メンバーに話を聞いた。
1.EV市場の勝負を分ける、開発サイクルの早さ
――まず、EVやリチウムイオン電池を取り巻く市場環境をどう見ていますか。
HGYB 山本 北米の関税政策などの影響を受け、EV市場は一時的に成長が鈍化しているようにも見えます。しかし私は、今は「踊り場」の期間だと捉えています。この好機を生かしていかに技術を磨き、開発の基盤を整えられるかが今後の競争力を左右する鍵になります。
その際、間違いなく脅威となるのが急成長を遂げた中国メーカーです。低価格化を実現するLFP電池(リン酸鉄リチウムバッテリー)の存在感も大きいですが、私が脅威の本質だと捉えているのは「まず市場に出してデータを収集し、欠点が判明すれば即座に改善する」という開発サイクルの圧倒的な早さです。「完璧にしてから市場に出す」文化が根強い日本は、市場投入スピードやデータ活用の面で後れを取っていると言わざるを得ません。
だからこそ、これからは、低価格化や充電時間の短縮、航続距離の拡大といった顧客ニーズに応える技術力に加え、材料調達や供給体制、市場変動リスクへの備え、そして開発スピードまで含めた総合力が求められると考えています。
――今、事業運営で最も重視している経営テーマは何でしょうか。
HGYB 山本 2023年にHondaとGSユアサが対等合弁で設立した当社は、Hondaのモビリティ技術とGSユアサの蓄電池技術をかけ合わせ、EV向けに競争力のある電池開発に取り組んでおり、将来的には外販も視野に入れています。
現時点で最も重視している経営テーマは、開発リードタイムの短縮です。開発スピードが競争力を左右する一方で、電池開発には非常に長いリードタイムを要します。設計そのものだけでなく評価工程もボトルネックになりやすく、特に耐久評価では10年超の使用に耐えることを保証するため、2年程度を要します。「顧客も市場もそこまで長くは待ってくれない」という危機感がありました。
そこで私たちは、開発リードタイムを4割削減した開発スパンを目指すことにしました。たとえ充電時間が20分から15分になるといった小さな改善でも、顧客にとっては大きな価値になります。少しでも性能の良い電池や自動車を早く市場に投入することが、競争力につながると考えました。
もちろん、評価の短期化は安全性の担保と表裏一体です。ただ、EVならではのデータ連携を活かし、市場を「評価の場」として賢く利用する仕組みが作れるのではないかと考えています。常時データを収集し、不具合の予兆を捉えて先回りして対応するというスキームを構築できれば、従来の「100%完璧にするまで出さない」という日本のものづくり文化の限界を超え、開発リードタイムを一気に短縮できるはずです。

2.業務と組織の分断が、開発リードタイム短縮の妨げに
――開発リードタイム短縮を進めるうえで、障壁となっていた点は何ですか。
HGYB 山本 まずは業務の可視化です。どんな戦略を実行するにもまず現状把握が欠かせませんが、業務の全体像が見えにくい構造がありました。
HGYB 横山 現場の各社員が特定の部品や工程の専門性を極めたプロフェッショナルである反面、知見が個人に紐づいて属人化を助長する場合があります。各個人は自分の領域に閉じているため全体をつなげて考えにくく、組織としては俯瞰的に業務プロセスを把握できていませんでした。
結果として、他部品との関連性やコストバランスを踏まえた設計検討が難しく、問題が発覚しても全体で解決しようとするのではなく自らの管轄領域だけで解決しようとする傾向がありました。管轄領域で解決することも大事ですが、問題が大きくなるほど組織全体での解決が重要です。 組織を横断して議論しようとしても、それぞれ細部の大枠の方向性が揃わず、課題解決に時間を要していました。

HGYB 山本 各業務プロセスを1つひとつ改善するだけでは限界があり、全体を見渡した抜本的な業務改革が必要だと感じていました。
ただ、その改革を進めるための組織風土も十分に醸成されていません。特に中間管理職はプレイングマネージャーになりがちで、組織横断の取り組みを主体的にリードする役割を担いにくくなっていたのです。
HGYB 横山 合弁会社として2つの企業文化が混在していたことも課題をさらに複雑化しているという側面もあります。HondaとGSユアサそれぞれで価値観や大事にするポイントが異なりますので、同じメッセージや施策であっても両者に同じように響くとは限らず、一体感を持って改革を進める難易度は高いと感じています。
3.「べき論」ではなく、現場の納得感から施策を組み立てる
――こうしたHGYBの現状に対して、Ridgelinezとしては今回のプロジェクトを単なる業務改善ではなく「次世代の開発競争力を支える事業基盤づくり」と位置づけて参画しました。HGYBとしては、こうした外部パートナーとの共創を選んだ背景や、Ridgelinezをパートナーに選んだ決め手はどこにあったのでしょうか。
HGYB 山本 「時間をかけられない」という一点に尽きます。市場が「踊り場」にある今の猶予期間に、どれだけ開発基盤を整えられるかが勝負です。業務改革を自分たちだけで進めることも不可能ではありませんが、全体を俯瞰して推進できる人材が限られる中では、育成や採用も含めて確実に時間がかかります。だからこそ、1日でも早く前に進めるために外部の知見も取り込みたいと考えました。
とはいえ、改革を実行するのは私たち自身です。そのため、資料提出で終わるのではなく、現場に落とし込むところまで伴走してくれる、いわば「一緒に汗をかいてくれる」パートナーを求めていました。そこで出会ったのがRidgelinezでした。
HGYB 横山 現場は、セオリーどおりの「あるべき姿」を示されるだけではアクションに結びつきません。業務レベルで「結局、何をすればいいのか」まで落ちて初めて、改革は動き出します。Ridgelinezには、経営的な観点での施策提案に加え、現場の視点まで下りて一緒に手を動かしてくれることを期待していました。
――こうした期待を受け、Ridgelinezはどのようなアプローチでプロジェクトを進めたのでしょうか。
Ridgelinez 瀬谷 先ほど山本社長がおっしゃったように、求められていたのは単なる業務プロセスの改善ではなく、開発基盤そのものを強化する抜本的な改革でした。私たちも、この取り組みが今後の競争力を左右するという認識で臨みました。
そのうえでまず取り組んだのが、業務プロセスと課題の可視化です。マネージャーやリーダーなど様々な階層にヒアリングを実施し、多層的に現状を把握していきました。「べき論」を押し付けるのではなく、「誰がどう見てもここが課題だ」と納得できるよう、社内の知見を定量的に整理することを意識しました。

Ridgelinez 山岸 このフェーズでは、当社からのヒアリングが社員にとっても有意義な時間になるよう、事前に目的や趣旨も丁寧に共有しました。HondaとGSユアサの間でお互いが気づいていない言葉や認識の違いがありましたので、両者が参加するヒアリングの場では当社が適宜「翻訳」をしながら気づきを促しました。Ridgelinezに合弁会社での勤務経験や支援経験を持つメンバーがいたからこそ可能な配慮だったと思います。
加えて、電池業界に知見のある専門性を持ったメンバーが参画したことで、現状の深掘りと課題分析の精度が高まりました。業界の言葉が分かるため、HGYBとのコミュニケーションコストを削減するうえでも貢献度は大きかったと思います。
Ridgelinez 瀬谷 こうして現状を整理した結果、HGYBが行うべきものとして導き出されたのが3つの施策です。会社の背骨となる設計開発プロセスそのものを再構築する「設計と生産の並行化」、そのプロセスを効率的かつ最適に運用するための「MBSE(Model-Based Systems Engineering)構築」、そして個別の設計検討を高度化・効率化する「MI(Material Informatics)導入」という、全レイヤーにわたる改革です。

Ridgelinez 山岸 まず「設計と生産の並行化」は、従来直列になっていたプロセスを並列で進め、時間を短縮する施策です。各業務のつながりが不明確な状態で並行化を進めた結果として生じていた手戻りを防ぐため、業務のインプットとアウトプットのつながりを明確化する必要があると判断しました。
MBSEの構築には、開発プロジェクトの性質に応じて必要なプロセスを取捨選択し、開発の要件定義の際や開発の方向性に変更が起きた際にQCDの影響を把握できる仕組みを整える狙いがあります。
3つ目のMI導入は、過去のデータを活用して予測精度を高めることで試作・評価の回数を最小化させることで、開発プロセスそのものを短縮していく考え方です。

Ridgelinez 瀬谷 これらをすべて実行するには、当然ながら従来の慣れ親しんだ仕事の進め方を否定する局面も出てきますし、負荷も大きいため、少なからず現場の混乱が生じるものです。しかし、そうした犠牲を払わない限りHGYBの目指す理想像の実現は困難だと捉え、提案させていただきました。加えて、その痛みを少しでも和らげるために、電池業界での実務経験を持つメンバーをアサインし、現場が抱える負荷の一部を私たちが引き受ける体制を整えました。
4.可視化を起点に、組織に変化が生まれ始めた
――こうした取り組みを通じて、HGYBとしてはどのような変化や手応えを感じていますか。
HGYB 山本 現在は第1フェーズの業務プロセスの可視化が完了しましたが、正直なところ、私たちの期待を大きく上回る成果でした。
HGYB 横山 現場で業務に取り組む立場の私自身、「こうした要素が組み合わさって業務が成り立っていたのか」と改めて発見した思いです。もし仮に社内のメンバー10人がかりで半年から1年かけて同じ取り組みを行っても、同じ完成度に至ったかは疑問で、Ridgelinezの他業種・他企業での経験に基づく視点があったからこそ短期間で形にできたのだと思います。
HGYB 山本 もう1つが組織の変化です。変革を推進する風土が十分に醸成されていない中、今回のRidgelinezとの取り組みも当初は「なぜそんなことをやる必要があるのか」と懐疑的な声ばかりでした。
ただ最近では、徐々に取り組みに賛同する社員が増えています。あれだけ職人気質で慎重だった現場の意識が変わりつつあることに、正直驚いています。
HGYB 横山 業務の全体像が明らかになり、各社員が抱えていたもどかしさが可視化されたからでしょう。何か問題が起こったときにも、同じプロセスを見ながら議論できる土台ができ、コミュニケーションが取りやすくなりました。
また、Ridgelinezは「現場で明日からすぐに使える」というレベルまでアクションを具体化してくれるため、理解者がさらに増えていった印象です。
Ridgelinez 瀬谷 Ridgelinezでは「自分が現場の社員だったら実行できるか」という指標で施策の粒度を判断しています。それが、上辺だけでない具体的な提案につながっているのだと思います。
HGYB 山本 電池業界で自ら開発で苦労してきた経験を持つメンバーがアサインされていたことも大きかったです。細かく製品を説明する必要もなく、こちらの意図をすぐに理解してくれるので、コミュニケーションコストを抑えられました。
そして何より、業務改革の必要性を語る言葉に説得力がありました。同じ苦しみを味わった業界経験者のメンバーが一緒に汗を流して働き、膝を突き合わせて話してくれる中で、壁を作りがちだった技術者たちも心を開き、「仲間なのだ」という意識を持つようになったのだと思います。
Ridgelinez 鈴木 同じ業界を経験したコンサルタントから、「お客様には同じ苦労を味わってほしくない」という思いでお伝えした言葉も多くありました。それが現場の社員の皆さんにも響いたのかもしれません。

Ridgelinez 瀬谷 業務改革で重要なのは、やはり“人”です。経営層の視座で課題を定義するのが一般的なコンサルティングですが、それに加えて現場の視点に立って施策を具体化し、地道にコミュニケーションを取って納得感を醸成したからこそ、経営と現場の橋渡しができたのだろうと感じています。
HGYB 横山 最近では現場から「こういうことをやりたい」という声も上がるようになってきました。当初より前倒しで施策が動き始めているのも、理解が広がっている証拠だと思います。
――そのほかにも、Ridgelinezとの取り組みを通じて得られた成果があれば教えてください。
HGYB 山本 双方の親会社とコミュニケーションを取りやすくなったことは、予想外の成果だったといえます。当初はコンサルティング導入に懐疑的な意見も多かったのですが、現時点での成果物を共有することで、その価値を理解してもらえるようになりました。
業務の属人化に課題意識を持っていたGSユアサ側はプロセス全体が可視化された点を評価していますし、Honda側も電池開発の難しさを改めて実感しているようです。結果として施策の必要性についても認識が揃い、改革を進めやすい土壌が整いつつあります。
またRidgelinezは、電池業界の専門知見に加えて他業種で培った多様な視点も持ち合わせており、私自身の経営的な視野も広がったと感じています。特に半導体業界経験者から情報共有いただいたアジャイル開発の考え方は、開発リードタイム短縮のヒントとして非常に示唆が大きく、将来的に取り入れたい方向性の1つです。
5.AIなどの技術を活かしながら、次の競争力をつくる
――最後に今後の展望と、Ridgelinezへの期待を教えてください。
HGYB 横山 まず開発リードタイムの短縮については、時間やコスト、技術難度などを判断軸に優先領域を定め、施策を着実に実行へ移していきます。現場での運用段階ではブラッシュアップも必要になりますが、効率的な開発プロセスのパターンを確立し、将来の開発にも活かしていきたいと考えています。その過程でも様々な障壁に直面すると思いますので、引き続きRidgelinezと議論を重ねながら、乗り越えていければと思います。
属人化を脱することができれば、人に紐づかない形でデータが蓄積されるようになります。今後はそれを活用するフェーズに進んでいければと思います。
HGYB 山本 その際に重要になる1つの要素がAIです。今回の取り組みを通じて、ようやくAIを活用できる土壌が整い始めたと感じています。例えば数年後に量産を見据えた工場を立ち上げる際には、AIによる製造ラインの省人化も視野に入れています。電池は典型的な設備産業でもあるため、稼働率や歩留まりの向上が成長の鍵になります。
さらに直近では、MI領域でのAI活用を進めていきます。電池性能のブレイクスルーの鍵は材料にあり、論文や特許情報などをAIに学習させ、研究を加速させたいと考えています。それにより、単に業務を効率化するだけでなく、技術者がより創造的な思考に時間を割ける環境をつくっていきます。
とはいえ、AIに関する知見は社内でもまだ発展途上です。Ridgelinezには引き続き、AIとデータ活用を見据えた新しい開発基盤づくりに、力を貸してもらいたいと考えています。
6.変革に向けた示唆:不確実な時代を勝ち抜く「外部の知見の戦略的活用」
今回の記事では、HGYBに対するRidgelinezの支援事例を紹介した。多くの企業はコンサルティングに対して「外部の知見の調達」の役割を期待するが、本事例における本質的な価値として垣間見えるのは、アジリティが求められる不確実な市場においての「時間の創出」と「暗黙知のシステム化」である。その意味で、HGYBの事例は変革に取り組む他の企業にも重要な示唆を与えると考える。
顧客から選ばれるものづくりには、当然ながら現場のプロが必要だが、そうした人材が培ってきた技術や矜持は、しばしば抜本的な変革に踏み出す際のブレーキ要因にもなりかねない。今回、HGYBが手にした成果の背景には、コンサルタントを戦略の策定者としてではなく、現場の熟練技術を誰もが運用可能な「仕組み」へと翻訳する「共同実装者」として受け入れたからという側面もあるだろう。
特に合弁会社のように異文化が混在する組織においては、外部パートナーは中立的な立場で現場の納得感を醸成し、守りに入りがちな中間層の心理的ハードルを下げる触媒となり得る。
「経営と現場のギャップ」という問題は、多くの企業で頭では理解していても、自組織だけではなかなか踏み込めない領域だ。だからこそ「正論を語るだけでなく、この困難な領域に深く入り込み、実行と効果を刈り取るところまでお客様と伴走してやり切る」。これこそが、Ridgelinezが掲げる変革の矜持である。
デジタル化が加速する中、今後次世代の競争力となるAI活用も、現場の知恵を「データが走る基盤」へと昇華できて初めて実現する。あえて「共に汗をかく外部」を組織の深部に組み込む決断こそが、「踊り場」である市場で次の一手を確実にするための経営判断と言えるだろう。


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