「総論賛成・各論反対」を乗り越えた変革の軌跡―パナソニック インフォメーションシステムズ株式会社とRidgelinez株式会社が挑んだプロセス変革
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多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組みながらも、成果獲得に苦戦している。パナソニックグループのIT事業会社であるパナソニック インフォメーションシステムズ株式会社(パナソニックIS)もかつて同様の課題を抱えていたが、Ridgelinezとの協働により、実効性のある業務DXを実現した。その鍵となったのが、現場に深く入り込む「BPT(ビジネスプロセス・トランスフォーメーション)アプローチ」と、現場のチェンジリーダーとの膝を突き合わせた「To Be(あるべき姿)」の策定だった。単なる青写真で終わらせない、真の変革はいかにして成し遂げられたのか。
「ITが変革の足かせになってはならない」という危機感
――パナソニック インフォメーションシステムズ株式会社(以降、パナソニックIS)の企業概要と、グループ全体のDXプロジェクト「PX(Panasonic Transformation)」における位置づけについて教えてください。
横須賀氏(パナソニックIS) 当社はパナソニックホールディングスの子会社として、パナソニックグループ各事業会社のITシステムの企画・構築・運用を担っています。国内外に10を超える拠点を展開し、グループの生産・販売拠点を技術面からサポートしています。同時に、グループ外の顧客に対してもITサービスを提供しています。
PXは「カルチャー」「プロセス」「IT」が三位一体となって成果を生み出す取り組みです。当社はIT事業会社として「ITの変革」における責任を担っています。VUCAの時代において新しい価値を生み出すには、スピーディーかつ継続的な仮説検証が必要です。モノづくりのサイクルは短期化しており、こうしたアジャイルな事業ニーズに応えられるITサービスの実現、そして、経営を加速させる新たな付加価値をITで創出すること。それが当社の重要なミッションだと考えています。

――グループのITインフラ、およびパナソニックISにおいて、どのような課題を抱えていましたか。
嵐氏(パナソニックIS) パナソニックISは、複数の異なるIT部門が統合された組織です。各部門のサービスやプロセスが混在していた歴史があり、属人化した運用が残されていました。
横須賀氏(パナソニックIS) 長年、顧客である各事業会社の要望に真摯に応え続けた結果、個別かつ複雑なITインフラと業務プロセスが構築・運用されていました。それが、次世代インフラ構築のスピードを妨げ、グループ全体の足かせになりはしないかという強い危機感がありました。
現場に入り込み、共に汗をかくパートナーが必要だった
――これまでも様々な変革に取り組んだと伺っていますが、その成果はどうだったのでしょうか。また、なぜ今回はRidgelinezをパートナーに選定したのでしょうか。
嵐氏(パナソニックIS) これまでも、業務のシンプル化やシステムの統一といった改革に地道に取り組み、サービスの標準化など一定の成果を得てきましたが、サービス品目の増加に伴って複雑さが増し、限定的な効果にとどまっていました。
こうした変革に特効薬はなく、現場を説得し、理解を得ながら進める必要がありました。その過程で外部パートナーの協力も得ていましたが、長い付き合いのあるパートナーは内部の事情を熟知しているがために、抜本的な改革に踏み込めないというジレンマがありました。
今回、Ridgelinezをパートナーに選定したのは、現場に入り込み、われわれと同じ立場で課題を理解し、共に汗をかきながら実効性のある解決策を提案してくれる点に期待したからです。

横須賀氏(パナソニックIS) Ridgelinezからは「現場に入らせてほしい」「当事者の隣で業務を体験したい」との要望がありました。このような申し出はこれまでになく、共に汗をかく良い機会になると考えました。
――Ridgelinezとしては、パナソニックISの課題をどのように捉えていましたか。
佐藤(Ridgelinez) パナソニックIS様には優秀な人材が集まっており、個別最適化された完成度の高い業務を標準化していくには、現場のパフォーマンスを損なわない繊細な変革が必要でした。単なる「あるべき論」や教科書的なBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)は通用しないことが目に見えていました。
そこで私たちは、まず大きく2つのアプローチを取りました。1つはパナソニックISの一員として物事を考えること。もう1つは、現場目線ではなく経営側の目線で全体を見ることです。現場目線では目の前の課題解決にとどまってしまうため、経営層の目線で業務全体をどう変革するかを議論し、パナソニックISの皆さんに提言していきました。
そして、変革を成功させるうえで大きかったのが、現場のチェンジリーダーである長谷川さんの存在です。長谷川さんと膝を突き合わせて、「To Be」(あるべき姿)となる標準業務の仮案を作り上げることを第一に行い、その後に多くの社員の方とのコミュニケーションを行うことで、真の課題を引き出すことに注力しました。
長谷川氏(パナソニックIS) Ridgelinezの皆さんには、現場に入って実際の業務を見ながら課題を抽出してもらいましたが、当初は現場社員たちが「この人たちに何ができるのか」と懐疑的な目を向けていたため、大変苦労されたと思います。
しかし、そのような逆風にもめげずに継続してくださったおかげで、私たちの業務を深く理解していただけるようになりました。それを現場社員たちも感じ始めたことで、コミュニケーションがスムーズに進むようになりました。
佐藤(Ridgelinez) 仮の「To Be」案を準備した後に現場起点で課題を抽出していったことが、変革を成功に導く鍵だったと思います。私たちは述べ数百人の現場の方々から直接意見を聞きながらも、長谷川さん、嵐さん、横須賀さんの強い思いをしっかりと受け止め、変革を進めていきました。
島田(Ridgelinez) パナソニックIS様との最初の面談では、すでに整理された取り組み内容をご説明いただき、当社の出る幕はないと感じるほどでした。しかし、実行フェーズにおいて課題を抱えていらっしゃることが分かってきましたので、実行を「ドライブ」する部分で貢献できると考えました。
特に、横須賀さんをはじめとするチェンジリーダーの方々が、「退路を断ってやりきる」と強い覚悟を示されたことから、当社はパナソニックIS様がその意志を貫き通して「To Be」に到達できるよう、最後まで伴走し、困難な変革を支えました。

「To Be」から始めるBPTアプローチ
――Ridgelinezでは、従来のBPRとは一線を画す「BPT(ビジネスプロセス・トランスフォーメーション)」アプローチをパナソニックISに提案したそうですね。
佐藤(Ridgelinez) 従来のBPRは、現場課題のヒアリングに終始しがちで、本質的ではない課題と中核的な課題の区別がつかず、声の大きい社員の意見に流されたり、目の前の小さな非効率の改善に終始したりして、経営者視点を見失うリスクがありました。
これに対しBPTアプローチでは、会社全体の課題をチェンジリーダーとともに深く見据え、仮の「To Be」を構築したうえで現場へのヒアリングを行います。この過程で、現場の変革を自らリードできる人材の育成を目指します。私たちがいなくてもお客様が永続的に業務変革を推進できる状態になることを重視しているのが、BPTの大きな特徴です。
島田(Ridgelinez) 業務プロセスは、ビジネス環境の変化や経営体制の再編など、様々な条件によって常に変化する「生き物」です。そのため、一度構築した業務プロセスが完成形ではありません。
一般的なBPRではプロセスの再設計で完結してしまいますが、お客様自身が永続的に対応し、改善を続けられる仕組み作りまでご支援することが、私たちの基本姿勢です。
――具体的にどのようなステップでBPTを進めましたか。
佐藤(Ridgelinez) 先ほど述べたとおり、まずチェンジリーダーとの綿密な議論を通じて「To Be」を定義し、その後、「As Is」(現状の業務プロセス)を現場で体験することで、「To Be」とのギャップを明確にし、課題を洗い出しました。そして、1つひとつの課題解決に向けてパナソニックIS様と議論を重ね、「To Be」像をブラッシュアップしていきました。
さらにBPTでは、標準化した業務をITシステムへ落とし込み、業務のパフォーマンスを見える化することを意識しています。パナソニックIS様は、これらのデータを活用して持続的な改善活動を推進できる組織体制の構築を目指しています。これにより、データとAIを駆使して常に事業を円滑に運営できるようになることが期待されます。
現場との地道な対話、そして信頼の獲得
――今回の業務DXプロジェクトはどのようなスコープでスタートし、どのような推進体制を組んだのでしょうか。
長谷川氏(パナソニックIS) 今回のプロジェクトは、パナソニックISのインフラサービス全体をスコープとしました。各サービスがサイロ化され、業務プロセスやシステムがバラバラな状態では、インフラ全体としての最適化や価値創出は難しいと判断したからです。
ただし、すべてを一度に進めるのは現実的ではありません。そこで、まずオンプレミス業務を対象に着手し、その後クラウド業務へと拡大するアプローチを採用しました。
推進体制は、業務変革を推進する業務プロセス・業務システムのリーダーを中心に、各サービスのリーダー、さらに売り上げ・コストに直結するため、費用管理や統制を担う部門のリーダーも加えたクロスファンクショナルなチームを構築しました。この体制により、現場の実務と経営視点の両面からプロジェクトを推進できる仕組みを整えました。
――大きな変革に取り組むほど、「総論賛成・各論反対」になりがちです。
長谷川氏(パナソニックIS) 今回のプロジェクトでも、まさに「総論賛成・各論反対」に直面しました。Ridgelinezとともに「To Be」を作って発信すると、その段階では大体賛成してもらえる一方で、現場レベルに落とし込むと、「今までのやり方と違うから無理」「もっと具体的な手順がないとできない」といった各論反対の声が上がりました。
こうした壁を乗り越えるために、各サービスの責任者やキーパーソンとワン・オン・ワンで対話し、必要に応じて「見える化」して具体像を示すことを徹底しました。結局、各論反対は人と人との接点で丁寧に乗り越えていくしかありません。

横須賀氏(パナソニックIS) テクノロジーの変更は比較的容易ですが、マインドセットの変革は、対話を通じて個人の納得を得ることが不可欠です。佐藤さんのご指摘のように、現場の声に傾倒しすぎると、事業全体の目標達成が見過ごされがちです。組織としての成果を出すためには、現場の意見と事業目標のバランスを取ることが非常に重要であり、これは一筋縄ではいきません。一人ひとりと誠実に向き合うことが求められます。
「人がやるのが当たり前」を打ち破る
――BPTアプローチによる変革プロジェクトで得られた定量的、定性的な成果について教えてください。
長谷川氏(パナソニックIS) 定量的な成果としては、約11FTE(フルタイム当量)の工数削減を見込んでいます。現時点では業務の一部をシステム化した段階ですが、今後の展開によってさらに大きな効果が期待できます。また、ユーザーがセルフサービスで見積もりを行える仕組みを導入したことにより、リードタイムは1件あたり約16時間短縮され、年間で約5万時間の削減効果が見込まれています。単一窓口の設置により問い合わせ対応がスムーズになり、ユーザー体験も向上しました。
次に定性的な成果ですが、「人がやるのが当たり前」という固定観念を打破し、セルフ化・自動化を前提に「仕組みで実現する」意識が芽生え始めたこと、そして個別最適から全体最適への意識転換が広がりつつあることが挙げられます。
この変化は、インフラサービス全体としての最適化を進める強力なドライバーになるものと期待しています。
佐藤(Ridgelinez) 私も多くの現場社員の方々との議論を通じて、変革に対する意識が向上していると感じています。以前は個別最適化に焦点が当たっていましたが、現在は全社的な視点から自分たちの変革を捉える人が増えています。この意識変革こそが、プロジェクトの最も重要な成果であると認識しています。
ここで言う全社的な視点とは、「パナソニックISの現場の仕事が楽になるか」だけでなく、「真にパナソニックグループ全体の利益につながり、最終的な顧客である消費者にメリットがあるか」という観点です。顧客価値を高めることこそが、変革の最大の目的です。

――最後に、それぞれのお立場から今後の展望をお聞かせください。
長谷川氏(パナソニックIS) まだ適用できていない業務における標準化とシステム導入、多様なサービスへの横展開を加速させたいと考えています。業務改革を進めると、必ず新たな課題も出てきますので、より良いものに変えていくアップデートを継続していきたいです。
嵐氏(パナソニックIS) これまで散在していたデータを集約し、標準化と構造化を実現したことで、膨大な業務アプリケーションの設計図とも言える基盤が整いました。これを活用すれば、全体像の把握やデータ連携の高度化、ひいては新たなサービス創出も可能となります。今後は、これらの資産をもとにAIや自動化技術を本格的に導入し、意思決定の迅速化といった次のステージの挑戦に取り組めると考えています。
横須賀氏(パナソニックIS) 今取り組んでいることは、PXにおけるIT変革の一里塚です。パナソニックグループの生産性向上のために、そしてグループとしてより高い顧客価値を創造するために、われわれIT部門として何をすべきかという自問自答はこれからも続きます。
その問いへの答えを探索するうえで、今回の取り組みで得られた気づきや実績、経験が大いに役立つはずです。ITに対するアジリティやフレキシビリティの要求は、今後ますます高まるでしょう。われわれ自身がアジャイルな文化を取り入れ、生成AIなどの新たな技術トレンドにも果敢に挑戦することで、新しいサービス創出やプロセス変革を実現していきます。
佐藤(Ridgelinez) われわれも引き続き、パナソニックグループの一員のつもりで変革に取り組んでいきたいと思っていますし、必要なことはしっかり議論できる関係性を今後も継続していきたいです。
あるべき論や青写真を提示しただけで終わるのではなく、われわれもお客様と一緒に汗をかき、とことん議論することこそが「真の伴走」であると考えています。そうした真の伴走者となりうるよう、われわれは今後も泥臭く現場に入り込みながら、常に経営の視点を持ち続ける存在でありたいと思います。
島田(Ridgelinez) 今回のパナソニックIS様の業務プロセス変革における「To Be」へのこだわり、組織全体のカルチャー変革につなげていこうとする意識、そしてチェンジリーダーが最後まで諦めないという姿勢。これらは、DXに取り組むすべての企業にとって、非常に重要な示唆となるはずです。
今回の取り組みが、パナソニックグループ全体、そして日本の製造業全体の変革のモデルケースとなることを期待しています。

※パナソニック インフォメーションシステムズ株式会社の長谷川晃広 氏とRidgelinez株式会社 Partner島田裕士はオンラインで参加。
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