人事改革は“制度”では動かない─変革を最後までやり切る力を組織に根づかせる
人的資本経営への関心が高まり、多くの企業が人事制度や人的データの整備に取り組み始めている。しかし「制度を整えたのに、現場の行動が変わらない」、「管理職の温度差が大きく、浸透が進まない」、「文化が”形状記憶”のように元に戻ってしまう」という悩みは依然として存在する。制度・仕組み・データは必要条件ではあるが、十分条件ではない。組織が本当に変化するまでには「“制度”では説明しきれない何か」が存在する。
本コラムでは、富士通におけるジョブ型人材マネジメント変革の中心にいた2名──
制度側を統括した 黒川和真(富士通/ CHRO室シニアディレクター Ridgelinez/Senior Manager)、
現場側で経営・事業を支え続けた 佐藤渉(富士通/ CHRO室エクゼクティブディレクターRidgelinez/Senior Manager)、
また、数多くの企業でテクノロジーを活用した人事・組織変革を推進してきた 田中浩基(Ridgelinez / Director)──
この3名の実践知を通して、「制度×行動変容×文化」という組織変革の本質に迫る。
日本企業が人的資本経営に取り組むうえで避けて通れない“構造的課題”とは何か。そして、富士通の経験はなぜ他社でも適用・再現できるのか。本コラムは、制度紹介でも成功事例の羅列でもない。変革の“痛み”と“本音”に踏み込みながら、組織が変わるための構造的課題を描き出す試みである。
それは単に人事制度を変えるだけでなく、組織全体の「変革をやり切る力」を内在化させるプロセスにほかならない。
人事制度の理想と現場の現実─「視野のズレ」が組織変革を止める
田中 本日は日本企業が人的資本経営に取り組むうえで避けて通れない“構造的課題”とは何かについてお話をお伺いします。まず、お二人のご経歴からお伺いできればと思います。
佐藤 よろしくお願いします。私は富士通で長年HRBP(Human Resource Business Partner)として、事業部・工場・グループ会社など数千人規模の複雑な組織に入り込みながら、経営と現場の橋渡しをしてきました。ジョブ型人材マネジメントが本格化する前から改革の兆しを肌で感じていましたが、制度の理想と現場の温度感が常にすれ違う“リアル”に直面していました。
黒川 私は人事制度企画のキャリアが中心で、等級制度、評価・報酬、ポジション設計、人事DXなど、人事の根幹となる仕組みを横串で設計してきました。特にジョブ型へのフルモデルチェンジでは、制度をグローバルで統合し、再設計する大規模プロジェクトを担当しました。
田中 制度の企画側と現場側では、見えている景色が全く違いますよね。
佐藤 制度の企画側は「こうあるべきだ」と理想を描きます。しかし現場は、「なぜ今までのやり方を変える必要があるのか?」というところから対話を行わなければ、変革が実行されないわけです。制度が正しくても、納得感がなければ動かない。当たり前に思えることですが、制度を企画している側からは意外と見えにくいポイントです。
黒川 制度を企画している側にも「正しい制度を作れば動くだろう」という無意識の期待があります。しかし、組織には長年の歴史と慣習があり、新しい制度を導入しようとすれば、人々の中では戸惑いが発生する。だからこそ、制度は紙の上では完璧でも、実際に上手く新制度に移行できないことが起こり得ます。
制度を企画している側の理想と現場の現実。この視野のズレが、改革プロジェクトの初期段階で必ず発生する「構造的な摩擦」だと思います。

Ridgelinez株式会社
Director
外資系企業での人事・人材・ITコンサルティング経験を基に、業界を問わず、人事・人材領域のテクノロジー活用による全社レベルの変革を得意とする。
人事デジタル変革(AI,:SaaS)、People:Analytics(データ分析に基づく意思決定の促進)、デジタル人材戦略策定と実行、社員エンゲージメントの可視化と施策定着化、等の支援や新規サービス開発を数多く手がけた経験を持つ。
「制度を変える瞬間」より「人が変わる瞬間」の方が圧倒的に難しい
田中 富士通改革の中で、最も大変だった点はどこですか?
佐藤 やはり「人が変わること」です。制度変更は紙の上では一瞬で決まります。しかし、人々の行動や意識が変わるには年単位の時間がかかります。特に経営層の意識統一には相当の時間を要しました。「総論賛成、各論反対」が典型で、理念には賛成でも、各部門での実行となると一気に温度感が下がってしまいます。
黒川 制度だけを変えても文化は変わりません。富士通には長い歴史があり、評価のされ方、異動の仕方、キャリアの歩み方など「暗黙の前提」が積み重なっていました。制度を変えても、人々は無意識に以前のルールに戻ろうとする。文化とは「形状記憶合金のようなもの」だと感じました。
佐藤 その中で、大きな転機になったのが「ポスティング制度」でした。社員が自ら異動希望を出せる制度で、最初は「どうせ通らない」という不信感が強かった。しかし成功例が出始めると、一気に行動が変わっていきました。社内に自律的キャリアの意識が広まる中で、実際にポスティング制度による異動者数は、2020年では約1,500名でしたが、2022年には約3,500名まで増加し、経営層が逆に刺激を受ける状況すら生まれました。
黒川 制度が「成功体験」として認識されると、組織が動き始める。成功体験は行動変容を引き起こし、行動が積み重なることで文化が揺らぎ始める。
変革は必ず「制度→行動→文化」の順で進む。この三位一体を理解しない限り、制度改革は必ず途中で行き詰まり、止まってしまいます。

Senior Manager
1990年4月富士通株式会社入社。
以降、35年間にわたり、一貫して人事勤労業務に従事。HRBP 、CoE、グループ会社、製造工場HRの立場で組織人事戦略の企画/実行、人事制度変革、WorkforcePlan、評価/報酬、人材採用/育成等を幅広く担当。2020年より富士通の人材マネジメント変革に従事するとともに、HRBP組織の立ち上げをリード。2025年よりRidgelinezに出向し、Senior Managerと富士通CHRO室エクゼクティブディレクターを兼務。
日本企業が抱える「構造的課題」は驚くほど共通している
田中 富士通における人事制度・施策の変革は日本企業の人事変革のベンチマークとして用いられることも多いと思います。なぜ富士通の経験は社外でも適用可能なのでしょうか?
佐藤 日本企業には「構造的課題」が共通して存在していると考えています。例えば
- 合意形成の遅さ
(例:多くのステークホルダーがいる中で丁寧な合意形成を重視するがゆえにスピード感が失われてしまう) - 管理職自身の役割認識にバラつき
(例:管理職が事業責任を優先して人材マネジメントを自分事として捉えていない傾向にある) - 経営層と管理職の温度差
(例:長期戦略に基づき変革を推進したい経営層と、現場に相対し目先の成果が求められる管理職層にギャップが生じる) - 急激な変化への抵抗
(例:安定志向が強く既得権益の意識が残る社員が変化に対して保守的になり、受け身となってしまう) - 形式だけの制度導入
(例:制度導入の目的や効果、運用イメージが伝わらず、現場にやらされ感が生じ形骸化してしまう)
これらは業界も規模も関係なく、私たちが相対するクライアントにおいても、実際に聞こえてくる声であり、多くの企業が共通して抱える「変革を実行していくうえでの疲労感」につながっています。
黒川 特に「失敗パターン」は大体同じような課題感を伺っています。
- 制度の意図に対する理解不足
(例:制度に込めた思いとは異なる解釈が現場で発生する) - 管理職の腹落ち不足
(例:管理職が変革の意味を理解できないため、現場従業員と管理職層の間に溝がうまれてしまう) - 理解の前に運用だけが走る実態
(例:制度に込めた思いとは異なる形で運用だけ先行し、本来の狙いが達成できない) - 形だけ導入され、文化へ浸透していかない現実
(例:制度としては存在するが、活用されないまま忘れられていく)
上記のような課題感は、我々も変革を進めていくうえで見てきた景色であり、日本企業が抱える構造的課題の“縮図”でした。
佐藤 だからこそ、制度そのものではなく、「制度が現場に行き届き、変革がドライブされるプロセス」にこそ再現性があると考えます。
- 現場浸透における抵抗の発生源の特定・変革におけるキーパーソン(変革推進者)の特定
- 初期の小さな成功例の創出とその展開
- 管理職層への行動変容の促し方
これらは企業が違っても同じ構造で発生します。
制度をそのまま移植するのではなく、変革プロセスの再現性こそに価値があり、言わば「転ばぬ先の杖」になると考えます。

Senior Manager
富士通HRの人事制度企画などCoEに16年間従事。ジョブ型人材マネジメントへのフルモデルチェンジ関連では、Global Role Framework (グローバルロールフレームワーク)、Job Description(職務記述書)、組織ポジション設計、評価・報酬制度、採用強化、ポスティング制度などを人事企画部長として担当。そのほか、役員人事、指名委員会・報酬委員会などのコーポレートガバナンス、労政、経団連等の社外団体対応などのCoE業務を担当。2025年よりRidgelinezに出向し、Senior Managerと富士通CHRO室シニアディレクターを兼務。
Ridgelinezが提供できる「構造化された実践知」と伴走力
田中 富士通の人事変革の実践知を活用したRidgelinezならではの提供価値はどのようなものと考えますか?
佐藤 「変革の実践におけるナレッジをコンサルティングファームとして有している」という点は大きな強みです。制度を作る側と、現場と向き合い続ける側の両方を経験しているからこそ、日本企業の構造的課題である改革がどこで止まるのか、どこから動くのかをリアルに理解しています。これは机上では絶対に得られません。
黒川 変革が現場に浸透しないという構造的課題に対して、どこをドライブするとより良く制度が浸透していくかという「構造化された実践知」を提供し、伴走するのが我々の価値となります。私たちは富士通の制度を“輸出”するのではなく、その裏にある「構造化された実践知」を提供します。制度が動く条件、新しい制度が従来の文化に浸透していくポイント、管理職が納得するプロセス──これらを各社の文脈に合わせてカスタマイズする。これこそが私たちの提供価値であり、実際に進めてきたからこそ備えている「構造化された実践知」です。

田中 新しい制度を設計するだけでは行動は変わらない。評価制度や育成施策、いわば仕組みだけではなく、仕掛けも重要です。実際に富士通の実践知が社外の顧客に対しても効果的に働いたと感じた場面がありました。
例えば、ある製造業様では、事業ポートフォリオに連動するための人財育成プログラムの立ち上げに際し、確度の高い育成プロセスや実績ある教育コンテンツの整備を課題とされていました。そこで富士通で推進しているアセスメントからOJTに至る育成プロセスやグループ内で用いられている教育コンテンツをカスタマイズすることで、早期に具体的な検討が可能となり、現場でのプログラム推進にも寄与したと感じます。このように、個別の企業課題に対し、どのようにアプローチすれば課題を解消できるのか。まさに「転ばぬ先の杖」としてのソリューションとして実践知を提供できるのです。
その他にも人的資本経営のフレームワークを活用した独自のワークショップ等、顧客に対して生きた実践知を提供できた事例は複数存在します。
佐藤 確かに、改革に向けた制度・施策を並べるだけではなく、「どうすれば現場が動くのか」という筋道を示せるのは大きいですね。実践知があるから、顧客の従業員が変わっていく、現実的な行動変容のラインを提示できるのだと思います。
田中 実際、変革の方針を少し変えただけで従業員の理解が深まることはよくある話かと思います。企業が目指す変革のステップを工夫するだけで理解度が一気に深まった。文化は急に変わらなくても、「変わるプロセス」を丁寧に整えると、変革は確実に前に進む。そこは実際にやってきたからこそ伝えられるポイントでした。
黒川 まさに“プロセス”ですよね。制度は枠組みでしかなくて、本質は現場の行動変容にある。物事がドライブしていく仕掛けの順番やつまずきのポイントが分かっているから、制度が現場で「息をし始める」。富士通で培った知見をもつRidgelinezだからこそ、社外でも成果につながっているのだと思います。
佐藤 今の企業の悩みは「制度をどう導入するか」ではなく、「導入後にどう浸透させるか」にあると考えます。制度改革はゴールではなくスタート。浸透のフェーズこそ最も難しく、そこを伴走できる存在が求められています。
黒川 Ridgelinezには、人事制度・人材開発・組織開発・アナリティクスの専門家が揃っていて、制度設計から行動変容、文化変容まで一貫して支援できます。
「制度×行動×文化」の3点を接続して支援できるファームはほとんどありません。
まとめ──制度を作るのではない。「変革をやり切る力」を組織に内在化させる
人的資本経営の本質は、制度導入ではなく「変革をやり切る組織能力」を作ることです。制度が行動を変え、行動が文化をアップデートするこのプロセスを支えるのは、丁寧な対話、現場の成功体験、そして継続的な伴走にあると考えます。
富士通で蓄積された実践知は、多くの日本企業が抱える構造的な課題を可視化し、乗り越えるための「現実的な知のアーカイブ」です。企業変革を推進する際に「構造化された実践知」や「現実的な知のアーカイブ」は、制度の設計や現場浸透において現場が理解できるように変革を実行することに寄与します。
まさにRidgelinezは、この実践知を各社の文脈へ最適化して提供することで、制度の導入で終わらない「変革の完遂」を伴走することにより企業の構造的課題を支援していきます。
制度は変えられる。しかし、組織が変わるには時間がかかる。
だからこそ、変革を最後までやり切る力を組織に根づかせる。それこそが、人的資本経営の本当の価値ではないでしょうか。
今後もRidgelinezは、企業の人的資本経営を支える伴走者として、実践知に基づく価値提供を提言し、伴走していきたいと思います。
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