なぜ顧客ロイヤリティ戦略は機能しないのか
―カスタマーサクセスを起点に読み解く関係構築のリデザイン―

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日本国内の人口減少と市場成熟が進む中、多くの企業にとって「新規顧客を獲得し続けることで成長する」モデルは限界を迎えつつある。広告投資を続ければ一定数の顧客は獲得できるものの、その効率は年々低下し、収益性は確実に悪化している。こうした環境下で、既存顧客との関係をいかに深化させ、LTVを高めていくかは、もはやマーケティング部門だけのテーマではなく、経営そのものの根源的な課題になりつつある。

加えて、消費者の価値観やライフスタイルは急速に多様化している。同じ商品を選ぶ顧客であっても、そこに求める意味や成功の定義は一様ではない。こうした個別性の高まりが、従来型の一律的なロイヤリティ施策を機能不全に陥らせている側面も見逃せない。


この流れを受け、多くの企業がCRMや顧客ロイヤリティ戦略に取り組んできた。ポイントプログラムや会員制度、アプリやデータ基盤の整備など、打ち手としては一通り出揃っているようにも見える。しかし現場から聞こえてくるのは、「顧客との関係が深まっている実感がない」「投資に見合う成果が出ていない」といった声だ。


問題は、施策の数やツールの先進性ではない。
顧客ロイヤリティを「施策の集合体」として捉え、顧客との関係そのものをどう築くのかという前提が曖昧なままになっていることにある。


特に、物理的・心理的・時間的な理由から顧客接点が限られる業界では、この課題は顕著だ。消費財メーカーのように直接接点を持ちにくい企業、保険のように顧客が積極的に関与しづらい商材、耐久財(住宅・自動車・家電など)のように購入頻度が低い商品では、「接点をつくること」自体が目的化しやすい。その結果、経済的インセンティブによる会員化に依存し、関係構築が一過性で終わってしまう。


経済的インセンティブは短期的には有効だが、長続きはしない。
なぜなら、それはブランドや企業への共感に基づく選択ではなく、経済条件による選択を促してしまうからである。
「お得だから使う」という関係は、より良い条件が提示された瞬間に離反要因へと転じる。結果として企業は、より強いインセンティブを用意せざるを得なくなり、収益性を自ら削っていくことになる。


本コラムでは、従来の顧客ロイヤリティ戦略が機能しない背景を構造的に整理したうえで、カスタマーサクセスを起点に関係構築をリデザインする考え方と、その実装に向けた論点を提示する。

カスタマーサクセス起点で関係構築をリデザインする

顧客は何に価値を感じ、企業との関係を続けるのか。
ここで重要になるのが、カスタマーサクセス(※1)という視点である。

本コラムで着目するカスタマーサクセスとは、BtoBやSaaSに限った概念ではない。顧客が商品・サービスを通じて、その利用目的の達成や、自分らしい暮らし、理想の人生に近づいていると実感できる状態を指している。

自動車を例に挙げると、単なる移動にとどまらず、家族との時間が増えたり、行動範囲が広がったりすること。保険であれば、補償があることで新しい環境や挑戦に安心して踏み出せること。
こうした「生活や人生の前進」を支えられているかどうかが、関係が続くか否かを分ける。
本コラムであえて「リデザイン」という言葉を使っているのは、部分的な改善では不十分だからだ。

ポイントを増やす、ランクを細かくする、アプリを刷新する。こうした再設計は一定の効果を持つが、前提となる関係性が変わらなければ、いずれ限界が来る。
必要なのは、顧客と企業がどのような価値交換を、どの時間軸で積み重ねていく関係であるべきかを捉え直すことである。

(※1)カスタマーサクセス:一般にSaaS領域で用いられる「解約抑止・活用促進」のカスタマーサクセス概念を拡張し、本コラムではBtoC文脈で「顧客が目的達成に向けた前進実感」を指して用いる。

関係構築をリデザインする3つのポイント

顧客ロイヤリティを機能させるためには、顧客との関係をどのように設計し直すべきなのか。

その方針検討のプロセスを、下図で示すように、「何を約束するか(A.カスタマーサクセスと提供価値の定義)」「約束をどう実現するか(B.価値提供における実現方法の具体化)」「どのように提供し続けるか(C.価値提供のための継続的な接点の仕組み化)」の3つに分解し、顧客ロイヤリティ戦略を定めるための論点として整理する。これらは便宜的に3つに分解しているが、実際には切り離せるものではなく、相互に規定し合う関係にある。

【図】これからの顧客ロイヤリティ検討における重要3STEP

以下では、その3つのポイントを具体例とともに見ていきたい。

ポイント A. カスタマーサクセスと提供価値の定義

関係構築の出発点は、自社の商品・サービスが「顧客のどのような成功に貢献するのか」を明確にすることにある。成功とは、機能的な満足や価格的なお得感にとどまらない。

例えばSUBARUは、自動車を単なる移動手段としてではなく、運転そのものを楽しむ体験として位置づけ直してきたメーカーである。
同社が提供するドライブアプリ「SUBAROAD」は、目的地までの最短距離を示すものではなく、自然や地域の魅力を感じられるルートを提案する。そこでは、移動の効率よりも、道中の体験そのものに価値が置かれている。(※2)

重要なのは、SUBARUがアプリを通じて直接的に製品・サービスを売ろうとしているわけではない点だ。「運転を楽しむ」という成功体験を顧客と共有し、それを支える手段としてアプリが位置づけられている。この成功像が明確だからこそ、商品・サービス・コミュニケーションが一貫し、顧客との関係が時間をかけて積み重なっていく。

ポイント B. 価値提供における実現方法の具体化

顧客が思い描くカスタマーサクセスは、単一の商品やサービスだけでは完結しないことが多い。三井不動産グループは、この点に着目し、多面的な事業接点を通じて関係を深めるアプローチを取っている。

同グループでは、住宅、商業施設、ホテルなど複数事業の会員制度を横断したグループロイヤリティプログラムを展開している。特徴的なのは、単なるポイント共通化ではなく、グループ横断のステージ設計や特典を通じて、顧客のライフステージやニーズが変化した際にも、継続的に関係が深まる構造をつくっている点である。(※3)

例えば、日常的な商業施設の利用が、住宅購入時の優遇やホテル利用時の体験向上につながる。顧客にとっては、生活の様々な場面で同じ企業グループと関わる必然性が生まれ、企業側にとっては接点頻度とLTVが構造的に高まっていく。

ポイント C. 価値提供のための継続的な接点の仕組み化

3つ目のポイントは、顧客が成功体験を得るために「使わざるを得ない接点」を組み込むことである。

Garminの顧客にとってのカスタマーサクセスは、走れるようになること、記録が伸びること、体力が向上することといった「成果」そのものである。しかし、その成果を実感するためには、デバイス単体では不十分であり、日々の記録や振り返り、改善を支える「Garmin Connect」の存在が欠かせない。(※4)

Garmin Connectは、単なるデータ閲覧用のアプリではない。
顧客が自分の状態を理解し、次に何をすべきかを考え、成長を実感するための「伴走役」として機能している。その結果、顧客が成果を追求すればするほど、企業との接点が自然に増えていく。

ここでは、関係をつくること自体が目的になっていない。
カスタマーサクセスに寄り添う結果として、継続的な顧客接点へつながっている点が、この事例の本質である。

(※2)SUBAROAD(SUBARUオーナー向けドライブアプリ)
(※3)三井ショッピングパークポイント「メンバーズプログラム」
(※4)Garmin Connect(Garmin公式)

顧客理解を「人起点」で捉え直すということ

ここまでのポイントを実現しようとすると、必ず突き当たるのが「顧客理解」の問題である。
カスタマーサクセスを継続的に支え、顧客との関係を積み重ねていくためには、顧客の行動や選択の背景に踏み込んだ理解が欠かせない。一方で、消費者のライフスタイルやニーズは急速に多様化しており、それらを前提にした設計・実行の難易度は年々高まっている。

この難しさは、自動車のユーザーを例にすると分かりやすい。
同じメーカーの車を選んでいる顧客であっても、
・ 安全性や信頼性を重視し、安心して家族を乗せたい人
・ 運転そのものを楽しみ、道を走る体験に価値を見いだす人
・ 所有することでの誇りや、ブランドへの共感を大切にする人
では、同じ商品から得ようとしている成功体験は大きく異なる。

年齢や居住地、購買履歴といった表層的な情報だけでは、こうした違いは見えにくい。
どの顧客が何を大切にし、どのような前進を求めているのか。その違いを捉えなければ、設計すべき体験や接点は定まらない。

顧客が求める「成功の違い」を的確に捉えるために、Ridgelinezでは価値観を軸に顧客理解を行うアプローチを重視している。その中核となるのが、独自のフレームワークである「Human & Values® Framework」である。(※5)

「Human & Values® Framework」では、人の価値観を14の項目に分類し、定点的に捉えることで、人生の選択や行動に影響を与える思考の軸を可視化している。顧客自身も必ずしも自覚していない価値観や動機を含めて理解することで、「どのようなカスタマーサクセスに貢献すべきか」を具体的に描くことが可能になる。
また、企業や業界、商材特性に応じた価値観モデルの構築にも取り組んでおり、より解像度高く顧客を捉えるための実践的な手法として活用が進んでいる。

加えて重要なのは、こうした価値観が固定的なものではないという点である。
ライフステージや環境の変化に伴い、顧客が重視する価値観や成功の定義は変わり得る。Ridgelinezでは、こうした変化を前提に、顧客の状態を時間軸で捉えるライフジャーニーの視点を補助線として用い、関係構築を設計している。(※6)

こうして捉えた顧客理解を、どのように体験価値やインセンティブに反映していくかが、実装フェーズにおける重要な論点となる。商品・サービスそのものの価値に加え、利用を通じて得られる体験が、顧客の前進を後押ししているかどうかが問われる。

ポイントや割引といった経済的インセンティブは、短期的な訴求には有効である一方、常態化すれば価値の希薄化を招きかねない。長期的な関係構築においては、時間や手間の軽減、心地よさや感動、新しい発見、体験価値を高めるサービスなど、顧客のニーズを自社やブランドの文脈に沿って解釈し届けていくことが求められる。

(※5)Human & Values Model(Ridgelinez)
(※6)「ライフジャーニー」起点のCX変革(Ridgelinez関連コラム):
事業間シナジーを競争力に変える「ライフジャーニー」起点のCX変革(1)
事業間シナジーを競争力に変える「ライフジャーニー」起点のCX変革(2)
事業間シナジーを競争力に変える「ライフジャーニー」起点のCX変革(3)

顧客ロイヤリティを経営の武器にするために

「良いものを作れば売れる」というプロダクトアウトの考え方から、顧客や市場のニーズを理解し、「必要とされるものを提供する」マーケットインへの転換が重要だと言われるようになって久しい。商品やサービスそのものは、この流れに沿って確実に高度化・洗練されてきたと言えるだろう。

一方で、顧客ロイヤリティ戦略はどうか。ポイント施策や会員制度は広く浸透したが、差別化のない取り組みは顧客にとって「どこでも同じ」存在となりつつある。いま求められているのは、施策の拡充ではなく、関係構築そのものの再定義である。
自社はどのようなカスタマーサクセスに貢献するのか。その関係をどの時間軸で育てるのか。この問いを経営として定めることが出発点となる。

しかし、その答えを描くだけでは十分ではない。事業成果や接点データをもとにビジネスインパクトの高いロイヤル顧客層を特定し、その顧客にとってのカスタマーサクセスを価値観起点で描き出す必要がある。さらに、業界特性やビジネスモデル、自社のアイデンティティを踏まえて戦略へと落とし込み、組織横断で実装し、現場で機能させるところまでやり切らなければ、ロイヤリティ戦略は構想にとどまる。

総合・専門小売、商業施設、通信、エネルギー、メーカーなど、多様な業界での実践を通じて見えてきたのは、ロイヤリティ戦略の成否は「方針の正しさ」ではなく、「設計と実装を分断しない一貫性」によって決まるという事実である。

Ridgelinezでは、ロイヤル顧客を導出する分析フレームワークと、価値観起点で顧客の本質的ニーズを捉える「Human & Values® Framework 」を基盤に、業界特性を踏まえたロイヤリティ戦略設計を行ってきた。さらに、ストラテジー・デザイン・テクノロジーの専門性をかけ合わせた多様性のあるチームで、構想から実装・運用までを一貫して伴走している。

顧客ロイヤリティとは、施策の積み重ねではなく、企業がどの成功に責任を持つのかを定め、その約束を組織としてやり切る営みである。そこまで踏み込める企業こそが、顧客ロイヤリティを一過性の施策ではなく、持続的な競争力へと昇華させ、これからの競争環境において成長を遂げていくのではないだろうか。

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