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テクノロジーによる激動の時代の未来図(後編):ChatGPTによる労働市場変革と AIがまだ手を出せない4つの仕事領域

2023年08月30日

テクノロジーの進化は息を呑むほど速く、AIはすでに私たちの日常生活に浸透しています。その中でも、最近、ビジネス界におけるAI活用の必要性を一層強調する存在として、ChatGPTなどの対話型AIが注目を集めています。この新たな動きは、GAFAMのような巨大企業の覇権にさえ挑戦を投げかけています。このようなテクノロジーを企業や社会でうまく活用していくためには、その新規性や利便性だけに目を奪われるのではなく、企業のビジネスモデルや従業員の働き方への影響、AIやデータ活用などのテクノロジーを取り巻くガバナンスといった、より包括的な視点を持って向き合うことが必要です。本コラムでは、前編・後編にわたり、対話型AIがもたらす企業の既存ビジネスへのインパクトや、それがどのように人の働き方を変えていくのか、その未来図を考察します。

※本稿は、田中道昭『GAFAM+テスラ 帝国の存亡』(翔泳社)第8章「その他のGAFAMのライバルとなる企業」の一部を再編集したものです。

 

目次

  1. 巨大企業GAFAMも揺るがし得る、未来の可能性
  2. 瞬く間に1億人を魅了した「チャットGPT」
  3. 2023年、世界を席巻した生成AIのインパクト
  4.  MSがビングのサービスを先駆けて提供できた理由
  5. 画像と音声も対応可能。新次元のAI応答
  6. AI進化の影で生まれる新たな失業
  7.  生成AIの回答は過去のデータが鍵を握る
  8. AIにはできない「4つの仕事」
  9. AIには敵わない人間の武器「クリティカルシンキング」

 

1. 巨大企業GAFAMも揺るがし得る、未来の可能性

90年代後半からテック業界を牽引してきたGAFAMは、それぞれ基盤とする分野が異なっています。創業した時期も異なっており、第一線から退いた創業者も少なくありません。

例えば、アップルを創業したスティーブ・ジョブズは、2011年に膵臓がんによって惜しくも56歳という若さで亡くなっています。そのジョブズと同じ年に生まれたビル・ゲイツは、マイクロソフトを創業して一大帝国を築きましたが、20年に同社の取締役を退任し、現在は実業家、慈善活動家として活動しています。

ジョブズやゲイツより10歳年下のジェフ・ベゾスは、アマゾンを創設して世界トップのネット小売店を作り上げましたが、21年にCEOを退任して取締役会長に就任すると、自ら設立したブルーオリジンで、子どもの頃からの夢だった有人宇宙飛行事業に取り組んでいます。

各社の創業者の中にはすでに退任した者、亡くなった者などもいることからもわかるように、GAFAMも創業から20〜50年近くも経過しています。その間、ずっと業界トップを走り続けてきたわけでもありません。

GAFAMはテック企業であるため、新しい技術や製品、サービスなどの登場によっては、トップの座から転落する可能性もあります。

実際、アップルのジョブズは、80年に創業したものの85年には業績不振からすべての業務を解任され、アップルを追い出されてしまいます。そのジョブズは96年、業績不振から請われてアップルに復帰し、2000年には再びCEOに返り咲き、以後、アイポッド、アイフォーン、アイパッドと続けざまにヒット製品を出してアップルを見事に再生させています。

【表1】GAFAMの概要

 

2. 瞬く間に1億人を魅了した「チャットGPT」

ビッグ・テックとはいっても、決して安泰ではいられないのです。そのビッグ・テックの存在を脅かすような技術が、22年11月に登場しました。チャットGPT(ChatGPT)です。

チャットGPTというのは、「人工知能チャットボット」と呼ばれ、「生成可能な事前学習済み変換器」と訳されるものです。原語では「Generative Pre-trainedTransformer」となっています。

22年11月にサービスを開始すると、わずか1週間でアクティブユーザー数が100万人を超え、2か月で月間アクティブユーザー数1億人を突破するという、すさまじいまでのブームを巻き起こしています。

23年1月には、マイクロソフトが同社の検索サービスのビングに、このチャットGPTを融合させ、「新しいビング」のサービスをスタートすると、グーグルも23年3月末、会話形AIサービス「バード」をアメリカ、イギリスで公開しました。さらに4月には、アマゾンも生成AIの「ベッドロック(Bedrock)」を発表しています。

メタ・プラットフォームズは、マーク・ザッカーバーグCEOが23年2月28日付けの投稿で、「私たちはメタで、私たちの仕事をターボチャージするために、生成人工知能に焦点を当てた新しいトップレベルの製品グループを作成しています。私たちは企業全体で生成人工知能に取り組む多くのチームを、弊社のすべての製品にこのテクノロジーをめぐる楽しい経験を積むことに焦点を当てたグループにまとめることから始めます」と宣言しています。

 

3. 2023年、世界を席巻した生成AIのインパクト

さらに、メタの具体的な新しい取り組みとして、「短期的には、クリエイティブで表現力のあるツールを構築することに焦点を当てます。長期にわたって、様々な方法で人々を助けることができるAIペルソナの育成に焦点を当てます」と発表しています。

アマゾンやマイクロソフトでは、クラウドサービスでAIに対するユーザーへの支援を公表しています。特にアマゾンでは、23年4月にベッドロックを発表し、生成AIの分野でマイクロソフト、グーグル、アマゾンの3社が出そろいました。

【表2】生成AIの比較

 

テスラからはまだ具体的な発表はありませんが、GMがチャットGPTのような機能を運転者向けに開発しているというニュースが報じられており、テスラもGMに対抗するような何らかのAIを利用した機能を考えているのではないでしょうか。

ビッグ・テック以外からも、例えば画像編集や動画編集などのグラフィック処理に関するソフトウェアを販売するアドビ(AdobeInc.)が、画像生成AIを利用した新しいサービス「ファイヤーフライ(Firefly)」の提供を開始しています。

23年のテック業界の最大の話題は、このチャットGPTに代表される生成AIになることは間違いないでしょう。生成AIを自社サービスに取り込んだり、何らかの接点を持ったりしなければ、ビッグ・テックも他の企業に取って代わられる可能性があるのです。

 

4. MSがビングのサービスを先駆けて提供できた理由

チャットGPTのサービスを公開したのは、米サンフランシスコにあるオープンAI(OpenAI)という企業です。

このオープンAIという企業は、先述のようにオープンAILP(OpenAILP)という営利法人と、その親会社である非営利法人のオープンAI(OpenAIInc.)の2つから成る会社ですが、元々起業家で投資家のサム・アルトマンと、テスラのCEOであるイーロン・マスクらによって2015年に設立されています。

その後、18年にイーロン・マスクはオープンAIを離れ、代わって翌19年にマイクロソフトが10億ドルの出資を行っています。さらに23年1月には、やはりマイクロソフトが100億ドルの出資を行い、これによってマイクロソフトはオープンAIの49%の株式を取得しています。

マイクロソフトが検索にいち早くチャットGPTを盛り込み、「新しいビング」としてサービスを提供できたのは、そのためだと考えてもいいでしょう。

 

5. 画像と音声も対応可能。新次元のAI応答

オープンAIのチャットGPTは、GPT3ファミリーという言語モデルをもとに構築されたものです。GPTというのは、膨大な量のテキストデータを学習させ、人間のような文章を作り出すよう訓練されたもので、チャットGPTにはGPT3.5というバージョンが使われています。

なお、有料版のチャットGPTでは、GPT4というバージョンが使われており、テキスト予測により3.5よりさらに進化しています。マイクロソフトの「新しいビング」で利用されているのも、このGPT4を検索用にカスタマイズしたものです。

チャットGPTはチャットボット、あるいはテキスト生成AIなどとも呼ばれており、文章で質問すると文章で答えてくれる人工知能です。生成AIの中には、文章で指定すると命令に沿って画像を作成してくれる画像生成AIや、やはり文章で指定すると音楽を作成してくれる音声生成AIなどもあります。「新しいビング」の例を見てもわかるように、テキスト生成AIは検索に利用できます。

わからない言葉や名前、事象などを質問すれば、適する答えを文章で返してくれるのです。

 

6. AI進化の影で生まれる新たな失業

でも、それだけではありません。例えば、新製品のプレゼンの構成を考えさせたり、取引先に送る発表会のメールの内容を書かせたり、新製品の広告のアイデアを出させたりと、これまでの事務仕事を効率化できる方法がたくさんあります。

あるいは、最近ではオンラインでサービスや製品のサポートをチャット形式で行うケースが増えていますが、チャットGPTを組み込めばサポート要員は不要になります。調べ物から顧客へのサポートまで、様々な場面でテキスト生成AIを活用できるのです。 

このチャットGPT、あるいはテキスト生成AIによって、企業では効率的な働き方を進められるようになり、さらにこれらの業務に携わっていた社員を整理することも可能でしょう。つまり、テキスト生成AIによって大幅な経費削減さえ可能になってくるのです。

AIによって失業する人さえ出てくるでしょう。

そんな可能性を秘めたAIだけに、テック企業はどのようなサービスを提供できるか、虎視眈々と狙っているのです。画期的なサービスを提供した企業が、次のビッグ・テックの座に躍り出て、これまでのビッグ・テックが凋落するという可能性も、十分に考えられるのです。

 

7. 生成AIの回答は過去のデータが鍵を握る

テキスト生成AIが画期的なのは、膨大な量のテキストをもとに、自然な文章を作り出すことが可能になったことですが、これはインターネット上のウェブページや検索エンジンなど既存のコンテンツから無数のデータを収集し、それをもとにしています。

インターネットは情報を受け取るだけでなく、誰もが情報を送り出すことが可能で、情報の民主化を促進させました。それらの情報をもとに出てきたテキスト生成AIは、知見の民主化を促進します。誰でも疑問や質問をチャットGPTやビングに投げかければ、膨大な量のデータから導き出された答えを得られるのです。まさに知見の民主化です。

ただし、テキスト生成AIがもとにしているデータは、過去のデータです。例えば、GPT3.5をベースとする無料版のチャットGPTに、つい最近の事件や出来事を尋ねても、正しい答えを返してはくれません。GPT3.5は2021年までのデータで学習させているため、それ以降についてのデータは学習していないのです。

確かに人工知能、テキスト生成AIは画期的で素晴らしい技術ですが、だからといって万能ではないのです。

 

8. AIにはできない「4つの仕事」

人工知能の出現で、仕事がなくなるといった意見がありますが、そんなことはありません。

かつて工場の機械化で、それまでの作業員の仕事がなくなった、といったケースは何度もありました。しかし、だからといって大量の作業員が街にあふれたままなどということはなく、必ず新しい技術に対応した次の新しい仕事が生み出されてきました。

【表3】AIが得意なこと、人間が得意なこと

 

まったく同じように、テキスト生成AIや人工知能によって、一時的に仕事がなくなるケースもあるでしょう。しかし、これらのAIによって新しく生まれてくる仕事もあります。

AIは過去や正解があるもの、前例があるものといった問題に対して答えを出すのが得意です。逆に未来のこと、正解がないもの、前例がないもの、直感や感性といったものが不得意で、こちらは人間の方が得意な分野です。

AIが得意な分野はAIに任せ、人間はAIが不得意とする分野で、AIを使いこなしながら問題を解決し、未来を作っていくことができます。

 

9. AIには敵わない人間の武器「クリティカルシンキング」

23年2月に開催された世界政府サミットの基調対談で、オープンAIの創業者のひとりであるイーロン・マスクは、「生成AIの時代、人がやるべきことはクリティカルシンキングである」と述べています。

クリティカルシンキングとは、論理的思考、特に自らが問題を発見し、論点を立てていくことを指しています。AIが不得意な未来のこと、正解がないことを考え、実行していくことこそ、人間に残された仕事なのです。

オープンAIのホームページには、アルトマンCEOが実現したい使命が掲載されています。

彼はインタビューなどでも常に語っていますが、「人間の意思と価値観とAIのシステムを合致させること=調和」ということに強いこだわりを持っているようです。さらに、「世界と人類をより良くしていきたい」という強い使命感や価値観で事業展開しています。

AIは使いこなすものなのです。そんなAIが、生成AIとして現実のものになってきています。そんなAI時代だからこそ、人間は何をすればいいのかが問われていくのです。

 

執筆者

  • 田中 道昭立教大学ビジネススクール教授
    Ridgelinez 戦略アドバイザー

※所属・役職は掲載時点のものです。

 

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