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従業員のウェルビーイング向上にゲーミフィケーションが有効な理由とは?

従業員のウェルビーイング向上にゲーミフィケーションが有効な理由とは?

近年、諸外国の企業時価総額に占める無形資産の割合が年々増加しており、米国市場(S&P500)では実に時価総額の90%が無形資産と、日本市場(日経225)の32%に比べ優秀な人材の革新的なアイデアや発想が重要視されている。日本国内においては、企業価値を測る際もこれまでは財務指標のみを考慮していたが、岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の中で人的資本への投資の強化や非財務情報の開示ルールについて言及されていることからもわかるように、非財務指標(エンゲージメントスコア、離職率、ダイバーシティ等)の重要度が増している※1。非財務情報の1つであるエンゲージメントスコアの向上において、従業員のウェルビーイング向上の実現が重要な取り組み事項となっている。

Ridgelinezでは、サステナビリティに関する経営課題の変革(サステナビリティ・トランスフォーメーション[SX])を支援するコンサルティングサービスの提供を開始しており、ESGのS(社会)に関する経営課題の「変革」を実現するための支援として、「Well-being実現化支援」のサービスメニューを開発・提供している。特に、従業員のウェルビーイング向上を実現するための1つの手段である、行動変容を促すアプローチとして日本でも注目されつつある「ゲーミフィケーション」のオファリング開発・提供を行っている。

さらには、ゲームと関連性の深いeスポーツやブロックチェーン、XR、メタバースといったテクノロジーの進歩に伴って注目を集める分野においても高い知見を持ったエキスパートが多く在籍しており、様々なコンサルティングサービスを手掛けている。

本コラムでは、オックスフォード大学でウェルビーイングとゲームの関係性を研究しているニコラス・ヨハネス氏へのインタビューを基に、富士通や凸版印刷の事例も交え、企業が従業員のウェルビーイング向上を実現するための考え方、そして、ウェルビーイング向上を実現する1つの手段としてゲーミフィケーションを用いたアプローチについて考察する。

※1 経済産業省「非財務情報可視化研究会の検討状況」より引用

 

従業員エンゲージメント最下位の日本でウェルビーイング向上は重要な経営課題

2014年の労働安全衛生法改正により従業員50名以上の企業は、従業員の健康状態の確認が義務付けられたことや、2019年より施行された「働き方改革関連法」の中で、「産業医・産業保健機能の強化」が明記されたことにより、従業員の健康を考慮した「健康経営」への注目度が高まっている。

さらに近年では従業員が社会的に満たされた状態かつ、企業活動に良い影響を与えることを目指す概念として「ウェルビーイング経営」が注目されている。これは、従業員の健康だけでなく、仕事へのモチベーションや組織へのエンゲージメント向上を目的とした考え方である。

アメリカの人事コンサルティング会社KeneXa High Performance Instituteの「従業員エンゲージメント」に関する調査※2では、28か国の中で日本は最下位のスコアとなっている。これは、従業員が組織の成功に貢献しようという考えや組織の目標を達成するために自分で努力しようとする意思が他国と比較して低いということを示している。

詳細は後述するが、ウェルビーイングとエンゲージメントは相関関係にあり、ウェルビーイングが低いとエンゲージメントも低い傾向にある。従業員のエンゲージメントが低いと企業の業績が低下するとは直接的には言えないものの、仕事に対して積極的に取り組めていない従業員の割合が多いと考えられるため、従業員のウェルビーイング向上は経営者として注視すべき経営課題と言える。

※2 Employee Engagement 2011/2012 Report, Kenexa® High Performance Institute
http://www.repman.com.tr/tr/wp-content/uploads/user/employee-engagement-kenexa-2012.pdf

 

ウェルビーイングとは

そもそもウェルビーイングとは何か? ウェルビーイングとは身体、精神、社会的に幸福な状態を意味しており、「短期的ウェルビーイング」と「長期的ウェルビーイング」の2種類に分類される。

短期的ウェルビーイングとは一時的な快楽を得た状態であり、バラエティ番組を見る、友人と遊ぶなどの行動で得られる感情、つまり「Happiness」を意味する。

一方、長期的ウェルビーイングは持続的な幸福を得た状態であり、中長期的な目標を成し遂げた際の達成感や、仕事に意義をもって取り組めている状態などで得られる感情だ。

企業として従業員のウェルビーイング向上を考える際には、高いモチベーションで業務に取り組めるようにすることが重要であり、長期的ウェルビーイングの観点で施策を検討する必要がある。

そして、長期的ウェルビーイングの基盤となる達成感や自己認識による高い幸福度は「他者が報酬を与えてくれるから取り組む」といった外発的動機づけではなく、仕事などに取り組むうえで自分自身が「今やっていることは有意義・必要だ」と感じる内発的動機づけで得られる。

では、ウェルビーイング向上を図るために重要な内発的動機づけを組み込んだ施策は、どのような観点で考えていく必要があるのだろうか?

ウェルビーイング向上に重要な内発的動機づけへと至る過程を分析した理論に、自己決定理論(Self-determination theory)がある。自分自身が成長し、満足できる「自分らしい」生き方をするうえで必要なのは、生理的欲求が満たされる以上に、モチベーションの構成要素となる「自律性」「有能感」「関係性」を実感することであるという考え方だ。

ウェルビーイング向上の施策として内発的動機づけを促す仕組みを検討する際にはこの3つのモチベーションの構成要素を組み込んで検討していくことが必要になると考えられる。

1.自律性

自分が自立していること、自分自身を律していること、自分がやりたいことを決められる状態を指す。外部から強制や指示、命令されて行っているのではないと感じられること高い幸福度が維持される。

 

2.有能感

自分は能力があって優れている、自分が行っていることを得意と感じられる状態や、社会の役に立つ存在であるという感覚であることを指す。仕事に対して苦手意識があると幸福度が下がる要因になる。活動を通じて達成感が得られれば有能感も高まり、人から認められたり誉められたりすることも有能感の向上につながり、幸福度が高まる。

 

3.関係性

他人と精神的につながっている感覚。人には、集団の中に入りたい、友人が欲しい、他人と一緒にいたいという基本的な欲求がある。つまり相互に良好な関心を持ち、信頼関係を維持している実感を持つことで幸福度が高まる。

以上から、ウェルビーイング向上実現を目指すためには、3つのモチベーション構成要素に作用する具体的な手法を検討する必要がある。

 

従業員ウェルビーイング向上のためにはモチベーション向上施策が必要

モチベーション構成要素に作用する具体的な手法を検討するに際して、まずモチベーションとエンゲージメント、ウェルビーイングの関係を整理する。

従業員のウェルビーイングを測る指標の1つとして、従業員エンゲージメントスコアの測定を行う組織は多い。エンゲージメントスコアが高い企業とは「従業員が企業の期待通りに貢献できるよう業務に当たっている」状態である。

企業は、従業員が会社のことを理解したうえで、意欲を持って仕事をしている状態を理想とする。一方で、従業員は自身の成長、やりがいを実感できる状態を理想としている。

そして、企業が求める理想と従業員が求める理想が合致している場合、従業員エンゲージメントスコアが上がる傾向がある。

したがって、従業員エンゲージメントが高く、ウェルビーイング向上も実現している組織を構築していくためには、双方の理想を実現できる施策を検討していくことが必要になる。

つまり、従業員ウェルビーイング向上を実現している組織を目指すうえでは、従業員の高いモチベーションを保つことが必要であり、「従業員が求める理想の人物像」を明確化させるきっかけと、その人物像になることを実現するための環境を提供できるかが重要な検討事項となる。

さらに、従業員ウェルビーイング向上の実現を実効性のあるものとするためには、前述のモチベーションの構成要素である「自律性」「有能感」「関係性」を踏まえた内発的動機づけによって自身が求める理想の人物像を形成できる組織を構築することで、従業員モチベーションを向上させつつ、従業員エンゲージメントの向上まで踏み込んで考えていくことが必要となる。

モチベーションを理解し、従業員のモチベーションの向上とそれを通じたエンゲージメントの強化が長期的ウェルビーイングを実現する組織構築には不可欠である【図1】。

エンゲージメントとモチベーションの関係性
【図1】エンゲージメントとモチベーションの関係性

さらに、従業員のモチベーション維持・向上を持続的に行っていくためには、従業員の変化に応じた継続的な施策提供が必要である。

従業員の役職、役割、スキルなどに応じた目標設定や教育機会の提供などは多くの企業がすでに取り組んでいる施策の代表的なものであるが、より効果的にモチベーションを高める施策を機能させるためには自発的な行動を促す仕掛けとして「行動デザイン」に即した施策設計が有効と考えられる。

行動デザインとは、人の行動の選択肢を奪うことなく、望ましい行動を後押しする考え方である。現代社会は情報に溢れており、日々時間に追われている従業員が自ら考え、選択できる状態を作ることが重要である。

この行動デザインの考え方に即して設計された施策を通じて、従業員モチベーションの向上を図ることで、従業員エンゲージメントを強化し、さらにウェルビーイングの向上にも大きな効果を生むことができると考えられる。

そして、行動デザインの考え方に基づく施策を実現する仕掛けの1つとして、ゲームのように多様な選択肢の中で自ら考え、選択できる体験などにより自発性を高める手法である「ゲーミフィケーション」が注目を集めている。

ゲーミフィケーションは行動デザインの中でもユーザーの行動に新たな動機づけを行う手法として、従業員モチベーション、そしてその先の従業員エンゲージメント、さらには従業員ウェルビーイングを高めるための施策として先進的な企業では活用が進み始めている。

以降、この従業員モチベーションを高める有効な手法の1つとして注目を集めるゲーミフィケーションについて詳しく見ていきたい。

 

モチベーション向上施策に有効なゲーミフィケーションとは

では、「ゲーミフィケーション」とは一体何なのか? 「ゲーミフィケーション」については現在まで統一された定義はないが、一般的には「ゲーム要素(ゲームメカニクス、体験デザイン)を用いてユーザーのモチベーションを促進させること」と解釈されている。

能動的な参加、即時フィードバック、ユーザー間の交流などの要素を含んだゲームメカニクスおよび行動デザインを駆使し、人々が内発的動機づけによって自身の目標を達成できるようにしていく施策だ。

具体的なゲーム要素については後述するが、【図2】に示すように、自己決定理論における行動動機と呼ばれる外発的動機づけから内発的動機づけに至る過程においてゲーム要素は有効であると我々は考えている。

動機づけの過程におけるゲーミフィケーションの効果ポイント
【図2】動機づけの過程におけるゲーミフィケーションの効果ポイント

さらに一歩進んで、テクノロジーの進歩、新型コロナウイルス感染拡大による生活様式の変化などで促進されたオンラインコミュニケーションにおいて、ゲームそのものを使って様々な活動を促進する取り組み(プログラミング教育、英語教育、社内研修、従業員交流など)が活発になっている。

例えば、アマゾンAWSの使い方をメタバースRPG空間上で学べる「AWS Cloud Quest」※3がある。街の中にいる住人からミッションを与えられ、そのミッションをAWSのソリューションで解決していく。

実際のAWSのシステムコンソールを用いてゲーム内でソリューションを構築する体験ができるようになっており、実用的な経験が可能である。

序盤は必要最低限のベーススキルを身に付ける必要があるため自由度は低いが、途中からオープンワールドの仕組みで学びたい分野を自由に選べるようになっており、高いモチベーションを維持しながら学習することが可能な要素が盛り込まれている。

上記を踏まえ、従業員マネジメントにおける「ゲーミフィケーション」とは「ユーザーの行動変容を促す(モチベーションを向上・維持させる)コミュニケーション手法に、ゲームおよびゲームメカニクスを応用すること」と言うことができるだろう。

※3 Amazon AWS Cloud Quest: Cloud Practitioner
https://explore.skillbuilder.aws/learn/course/external/view/elearning/11458/aws-cloud-quest-cloud-practitioner

 

ゲーミフィケーションを活用したモチベーション向上施策検討の注意点

コロナ禍でテレワークが広がりオンライン環境下で業務を遂行する中で、従業員のモチベーションコントロールはこれまで以上に従業員自身にゆだねざるを得ない状況になっている。

特にモチベーションを構成する要素の1つである「関係性」が実感しにくい状況下で、ゲーミフィケーションのそれぞれの要素と前述のモチベーションを構成する要素である「自律性」「有能感」「関係性」の位置づけを理解したうえで施策を検討・実施することが、高いモチベーションを持って働く環境の構築に重要となってくる。

【表1】は日本ゲーミフィケーション協会が提唱するゲーム要素を基に、モチベーション構成要素との関係性の仮説をまとめている。ユーザー間の交流については独自に追加したゲーム要素であり、近年テクノロジーの進歩によりオンライン上のコミュニケーションツールとして発展している要素を盛り込んだ。

Ridgelinezがインタビューを実施したオックスフォード大学でウェルビーイングとゲームの関係性を研究しているニコラス・ヨハネス氏によると、特に、モチベーションの向上において、従業員が取り組んだ業務に対する即時フィードバックが最も重要であると述べている。人は新たな行動や思考を試みる際にどのような結果になるかをいち早く知りたいと考える。結果が共有されるまでに時間を要すると、思考がネガティブな方向に働くことがある。

ゲームは常に行動や思考に対して即座に結果をフィードバックし、常に新しい発見やワクワクを届けることで高いモチベーションを維持させることができるため、業務生産性向上などの効果が期待できる。

【表1】ゲーム要素とモチベーション構成要素の関係性

ゲーム要素とモチベーション構成要素の関係性
出所:日本ゲーミフィケーション協会の情報を基にRidgelinezにて作成

ただし、ゲーミフィケーションを用いた施策は強制すべきではない。同氏は特に、ゲームにおいても自分自身の意思で取り組んでいると実感できる体験ほど、より良い経験を与えることができると述べている。

また、ゲーム要素を楽しめない人に強要した場合はモチベーションを大きく下げる要因になると述べており、従業員に強制することは推奨すべきでないと考えている。

さらに、ゲーミフィケーションを含め、新たなモチベーション向上・維持施策を導入する場合、心理的安全性が低い職場では、環境の変化への不安からネガティブな心理的感情が先行することが多い。

同氏は、施策の検討段階から従業員を巻き込み、合意形成のプロセスを踏むことと、選択の自由を残すことで、新たな施策を受け入れやすい環境を作ることが重要であると考えている。

 

進化するゲーミフィケーションを活用したモチベーション向上施策の事例

ここまで、従業員ウェルビーイング向上を実現するうえでモチベーションが重要であること、ゲーミフィケーションを従業員のモチベーション向上にどう活用するか、モチベーション向上に最も重要なゲーミフィケーション要素やゲーミフィケーションを活用したモチベーション向上施策検討の注意点について述べたが、ここでは企業が実施しているゲーミフィケーションの活用事例について述べる。
ゲーミフィケーションの定義でも述べたように、昨今はテクノロジーの進歩に伴ってゲームそのものを活用したモチベーション向上施策が増えてきている。例えば、ゲームを競技として捉えるeスポーツが日本でも人気を博しており、社内にeスポーツ部を設立する企業も増え始めた。

富士通グループの有志が運営する富士通eスポーツ部にはすでに500名以上の部員が参加しており、オンライン環境下におけるグループ間の従業員コミュニケーションを促進させている。

凸版印刷は国内48拠点/海外13拠点の従業員が参加したオンライン社内eスポーツイベント「TOPPAN eSPORTS FESTIVAL 2021」※4を凸版印刷労働組合と共催しているが、その目的は、役員をはじめ、従業員の家族を含めたコミュニケーションの活性化やグループの一体感醸成、および企業に対する家族の理解促進である。

さらに、凸版印刷では上記の取り組みだけでなく、新入社員研修をメタバース空間上で実施することで新入社員同士のコミュニケーションを促進できるプラットフォームを用意している※5

社員の健康増進、コミュニケーションの促進、モチベーションケア、総務系業務の効率化を目的としたアプリケーションと連携しており、社員の健康活動や社内イベント活動の参加に対してポイントを付与し、そのポイントをインセンティブと交換できるといったゲーミフィケーション要素が取り入れられている。

従業員のウェルビーイング向上施策からは離れるが、顧客体験にまで視野を広げると、ファッションビルの「渋谷 109」が香港に拠点を置くブロックチェーンの大手プラットフォーム「THE SANDBOX」と提携し、SANDBOXが持つメタバース空間上にバーチャル109とも言える「SHIBUYA109 LAND」※6を開設している。

オリジナルNFTが手に入るミニゲームなどのコンテンツをSANDBOXユーザーに提供する。リアル店舗とメタバース上の店舗の行き来を行うメリットがある施策や、オリジナルNFTを保有することによりリアル店舗にて得られる特典などユーザーの購買意欲を促進するような取り組みもゲーミフィケーションの形であると考えている。

今後は、各企業の取り組みがどのように従業員や顧客のウェルビーイング向上に影響しているのかを検証していきたい。

本コラムはゲーミフィケーションを軸に今後も継続してシリーズ掲載を予定しており、チームビルディングを目的としたゲーミフィケーション活用の可能性や、従業員だけでなく顧客のモチベーション向上におけるゲーミフィケーションの可能性といった内容について、インタビューやアンケートを通して掘り下げていく。従業員のウェルビーイング向上の実現を見据えてゲーミフィケーションに注目してみてほしい。

※4「トッパングループ、国内48拠点/海外13拠点の従業員が参加した社内eスポーツイベント『TOPPAN eSPORTS FESTIVAL 2021』を開催!」凸版印刷
https://www.toppan.co.jp/news/2021/01/newsrelease210125_2.html

※5「凸版印刷、メタバースでの交流を取り入れた新入社員研修をフルオンラインで実施」凸版印刷
https://www.toppan.co.jp/news/2022/03/newsrelease220330_1.html

※6「SHIBUYA109が『メタバース・NFT事業』に本格参入!」
https://www.shibuya109.co.jp/news/4082/

 

参考文献

 

 

執筆者

  • 藤川 正太 Principal
    Sustainability Transformation Practice Leader
    Telecom, Media & Technology Practice Leader
  • 小澤 脩人Consultant
    Industry Group