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「世界最大の小売業」ウォルマートのデジタルトランスフォーメーションと日本企業への示唆

2021年09月21日

「世界最大の小売業」ウォルマートのデジタルトランスフォーメーションと日本企業への示唆

アマゾンをはじめとするECの台頭によって多くの小売業が窮地に陥る中、「世界最大の小売業」ウォルマートの業績は右肩上がりです。その理由が、デジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」)の成功です。

通常、DXの成功事例として取り上げられるのは、グーグル、アップル、アマゾンなど、ほとんどがデジタルネイティブの企業です。しかし考えてみれば、デジタルネイティブ企業がDXを実現しているのは、当然といえば当然のことです。その点、非デジタルネイティブ企業であるウォルマートのDXは、やはり非デジタルネイティブ企業が多くを占める日本企業にとって、グーグルなど以上に見習うべき点が多いと私は考えています。

 

ウォルマートは、GAFA※1以上に日本企業がベンチマークすべき企業

なぜ、非デジタルネイティブ企業であるウォルマートがDXに成功できたのか。それは、企業文化の刷新にまで手をつけ、店舗や人材など重要な経営要素をデジタルとリアルの両面で進化し、「EDLP(エブリデイ・ロー・プライス)のウォルマート」から「CX(カスタマーエクスペリエンス)のウォルマート」への脱皮を果たしたからです。

もちろんCXの追求において、現時点ではデジタルネイティブ企業に一日の長があることは否めません。それでも非デジタルネイティブ企業がデジタルネイティブ企業と同じミッションを掲げた点こそを、日本の小売企業は学ばなければならないでしょう。

ウォルマートの施策として目立つオムニチャンネル化やストアピックアップ(スマホアプリから注文した商品を店舗で受け取ることができるサービス)などを表面的に真似することがDXではありません。企業文化を刷新し、テクノロジー企業へと変革を遂げる中で、ミッションの再定義を行ったこと。「世界一の小売企業」と謳われた企業が、「販売」ではなくCXを高めることにフォーカスを合わせ本気で取り組んでいること。そこにこそ日本企業は注目するべきです。

※1 GAFA
米国の主要IT企業であるグーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook)、アップル(Apple)の4社の総称。

 

2020年には「5年分の成長を5週間で達成」

2021年に入っても、ウォルマートのDXは活発です。まずは2021年1月、ウォルマートは初めてCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に出展し、ダグ・マクミランCEOが2020年のコロナ禍での成果を強調しました。

  • コロナ禍において従業員の安全と健康を最優先。サプライチェーンを継続させ、サプライヤーや取引先など社外への支援や新たな雇用を創出した。
  • コロナ禍で急増したEC需要に対応し、非接触型サービスを拡充。2020年9月には、有料会員制プログラム「ウォルマートプラス(Walmart+)」をスタート。ネットスーパーの当日配送サービスを無制限で利用できるようにした。
  • 診療所事業の「Walmart Health」が進展。今後はオンラインとオフラインなどオムニチャネルでヘルスケア事業を展開していく計画。
  • 気候変動問題への対応として2017年から「プロジェクトギガトン」が進行中。2030年までにサプライチェーンで発生するCO2を累計で1ギガトン(10億トン)削減する方針。
  • DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)に触れて「多様性のあるチームが勝ち、インクルーシブな環境が成功をもたらす」と発言

やはり1月に開催された小売業界の展示会NRF2021 : Retail's Big Showには、チーフカスタマーオフィサーのジェイニー・ホワイトサイド氏が参加しました。ここでは、オンライングロサリーの急増に伴い、ストアピックアップと配送サービスが2021年度第1四半期に300%成長し、「5年間分の成長を5週間で成し遂げた」と語りました。

またホワイトサイド氏は、この急成長を可能にしたのが、ウォルマートの巨大な店舗網であることを指摘し、新型コロナの影響で来店客数が減ってもなお、店舗が重要な役割を担うという見方を示しました。

 

「カスタマーセントリック」を軸にビジネスモデルを再構築

そして最も大きな驚きを持って迎えられたのが「新しいビジネスモデル」です。2021年2月18日に行われた投資家向けのカンファレンスにおいて、それは発表されました。

従来からの「EDLP」には変更ありません。これまでどおりウォルマートは、低価格で販売する→売上を伸ばす→低コストで運営する→低価格で購入するという好循環サイクルにより、年間を通じた低価格を実現しています。

発表された新たなビジネスモデルを図1に示します。「カスタマーセントリック」を軸にして従来のサービスラインを再構築していることが最大の特徴です。

ウォルマートの新しいビジネスモデル

図1 ウォルマートの新しいビジネスモデル
(出所:2021年2月18日の投資家向けカンファレンスでの資料をもとに筆者作成)

  • 主要な顧客接点で販売する:顧客との直接的な接点となるのは、ストア、ピックアップ、デリバリー、そしてウォルマート+の4つ
  • 顧客にもっと幅広く深くサービスを提供し、関係を深め、健全なサービスミックスを維持する:ここでは、EC、ヘルス&ウェルネス、金融サービスの3つ

ECでは引き続き、自社在庫商品の販売とマーケットプレイスの両方を展開します。またアプリ上で処方箋を受け取る仕組みを整えるなど、従来からヘルス&ウェルネスの領域にも積極的だったウォルマートですが、今後はさらに高品質で、予防的で、アクセスがしやすく、手頃な価格の商品・サービスを提供すると強調しました。

金融サービスについても、「ウォルマートペイ」を非接触決済システムとして刷新すると、一気に普及が進みました。これはコロナ禍を背景とした「コンタクトレス」の時流が強力な追い風となった形です。

また従来、家電製品などの購入に使う「ウォルマート・アップ(Walmart app)」と食品購入用の「ウォルマート・グロサリー・アップ」の2種類あったアプリをウォルマート・アップに統合し、そこにウォルマートペイも搭載しました。これでウォルマートは、顧客のIDと決済データという、最も基本的な顧客接点を押さえたことになります。おそらく今後は、中国のアリペイ、ウィーチャットペイがそうであるように、消費者金融をはじめとする様々な金融サービスを手掛けていくことになると予想されます。

  • 「低コストを維持する」:店舗の生産性向上、サプライチェーンのデザインと自動化、デジタルトランスフォーメーションの推進、サステナビリティ施策など
  • 「ケイパビリティをマネタイズする」:マーケットプレイス、広告、データ、物流(フルフィルメント※2、ラストワンマイル※3)など
  • 「顧客価値に再投資する」:こうしたサービスから得られた利益を、顧客価値を高めるために再投資することで、このビジネスモデルの循環を強化

※2 フルフィルメント
受注から配送までの業務(受注、梱包、在庫管理、発送、受け渡し、代金回収まで)の一連のプロセス全体のこと

※3 ラストワンマイル
配送物をそれぞれの顧客に届ける最終接点

 

「デジタルで顧客とつながる」を着実に進める

私はウォルマートを「この1年間で最もDXが進んだ企業」の1つだと見ています。トリガーとなったのは、やはり新型コロナ禍です。一時は「世界最悪」レベルの危機に見舞われた米国は、同時に最も強くイノベーションが求められた国でもありました。とりわけウォルマートが扱うのは、人々が生活していくうえで欠かすことができない日用品や生鮮食品であり、エッセンシャルサービスです。コロナ禍にあってもウォルマートで買い物がしたい、そんな強いニーズから「コンタクトレス」のサービスが一気に浸透していきました。

しかし、コロナ禍が追い風になったというだけでは、ウォルマートDXの成功を説明できません。改めて振り返ってみると、ウォルマートがこれまでアマゾンを徹底的にベンチマークしてきたことは、見逃せない事実です。

EC全盛の時代にあって「エブリシングストア」アマゾンに押され、「世界最強の小売企業ウォルマートは時代遅れ」と揶揄されもしました。しかしウォルマートは「実店舗で売る」ことに固執せず、オンラインを含めたオムニチャネル化を進め、サブスクリプションサービスを始め、配送まで手掛けるようになりました。デジタルネイティブ企業特有の、カスタマーセントリック重視の経営を、ウォルマートは完全にものにしました。「企業文化の刷新」が効いていることは言うまでもありません。マーク・ロア氏など、買収したEC事業のトップにDXを任せたことも、デジタルネイティブ企業流のカスタマーセントリックの学習に大きく寄与したはずです。

より具体的に事業を見るなら、DXにおいて最も重要な「デジタルで顧客とつながる」作業を着実に進めたことが大きいでしょう。これは日本の小売企業と比較すると、違いが鮮明になります。毎日のように利用されるコンビニエンスストアでさえ、顧客の名前すら把握していません。

ウォルマートもかつてはそうだったのです。しかしDXを経て、顧客をIDで管理し、決済データも収集するようになりました。これによりウォルマートは、顧客との間に継続的で良好な関係を築き上げる体制を作り上げました。

そして最後に強調したいのは、ウォルマートのDXが、世界最強の小売企業という強みを否定せず、それどころか最大限に伸ばすものだった、という事実です。小売のための店舗という機能はそのままに、店舗を「自社ECの倉庫」や「配送拠点」「ECのストアピックアップ」(顧客がECで注文したものを受け取りに来ること)として再定義しました。

 

レイヤー構造×バリューチェーン構造

現在のウォルマートを「レイヤー構造×バリューチェーン構造」で示したのが図2です。

ウォルマートの「レイヤー構造×バリューチェーン構造」

図2 ウォルマートの「レイヤー構造×バリューチェーン構造」
(筆者作成)

一言でいうと、現在のウォルマートは「スーパーセンター×スーパーアプリの帝国」です。スーパーセンターとは、衣食住すべてを扱う総合スーパーであり、ウォルマートがリアル店舗で採用している業態です。そこに決済やEコマースなど各種のサービスを統合したアプリが重なることで、あらゆるサービスがアプリで利用できるようになりつつあります。

こうしたビジネスを支えるレイヤー構造の最底辺には、全米トップのスーパーセンターとしての店舗プラットフォームがあります。これを起点に、物流・倉庫、配達といったプラットフォームが構築されています。「顧客とデジタルでつながる」ことで、顧客ID及び顧客データが管理されるようになり、ウォルマートペイを通じて決済データも取得できます。これらビッグデータをもとに広告を打ち、商品やサービスへ誘導していきます。

バリューチェーンもDXにより刷新されました。例えば、商品開発・商品調達においては、以前からメーカーとの共同開発による差別化と低コスト化が図られていましたが、購買データの収集と蓄積によりさらに先鋭化しています。このほか、あらゆる事業活動においてデータが収集され、それが顧客価値の向上へ向けて再投資される構造が完成しています。

図3には、「スーパーアプリ帝国」としてのウォルマートの全体構造をまとめてみました。

スーパーアプリとしてのウォルマートアプリ

図3 スーパーアプリとしてのウォルマートアプリ
(筆者作成)

コロナ禍で、従来は家電製品などの購入に使う「ウォルマート・アップ(Walmart app)」と食品購入用の「ウォルマート・グロサリー・アップ」の2種類あったアプリをウォルマート・アップに統合し、そこにはウォルマートペイも搭載されました。その結果、ウォルマートペイを顧客起点として、EC・小売、ヘルス&ウェルネス、金融サービスに顧客を誘導するスーパーアプリが形成されています。

 

ウォルマートのDX戦略から日本企業が学ぶべきこと

最後に、改めてウォルマートのDX戦略成功の秘訣をまとめておきましょう(図4)。

ウォルマートのDX戦略成功の秘訣

図4 ウォルマートのDX戦略成功の秘訣
(筆者作成)

まずはウォルマートが小売のデジタル化を一気に進め、時価総額などでは手の届かない存在になっていたアマゾンを徹底的にベンチマークしてきたことを最初に指摘したいと思います。特に同社がベンチマークしたのが、アマゾンのデジタルネイティブ企業流のカスタマーセントリックです。もちろん、企業文化の刷新にまで手をつけたことも見逃せません。そしてEC事業を買収し、そのトップにウォルマート全体のDXを任せ、自らもDXを学んできました。DXとしてやるべきことを着実に実行してきたのです。

最も重要なことはデジタルで顧客とつながったこと。ウォルマートらしさや強みを活かし、それをDXで伸ばしてきたことです。非デジタルネイティブ企業であり、世界最大の小売企業ウォルマートにおけるDX成功の秘訣は、日本企業のDXにも必ず役立つはず。その具体的な打ち手は、日本企業へ重要なヒントを示してくれているのです。

 

 

執筆者

  • 田中 道昭立教大学ビジネススクール教授
    Ridgelinez 戦略アドバイザー

※所属・役職は掲載時点のものです