COLUMN
2024/01/29

不確実性とAIの進化がもたらす時代の変曲点 ―ドラッカー・フォーラム2023―

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2023年11月30日と12月1日の2日間、第15回となるグローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラム(Global Peter Drucker Forum 以降、「ドラッカー・フォーラム」)が開催された。現代経営学の父と賞されるピーター・ドラッカーの業績を記念し、世界トップクラスの経営思想家と企業のビジネスリーダーが毎年この時期にオーストリアのウィーンに集い、経営理論と実践の両方の立場から議論を戦わせる、世界でも非常にユニークな国際会議だ。今回も、経営思想家のランキングThinkers50でNo.1になったハーバード大学ビジネススクール教授のエイミー・エドモンソンなど多彩なスピーカーが参加し、ここでしか聞けない議論が展開された。

今回フォーラムの中心テーマは、「非連続な時代におけるクリエイティブ・レジリエンス」だ。明日は昨日の繰り返しではなく、未来は過去の単純な延長線上にはない。イノベーションを生み出す創造性と、不確実性に対するレジリエンスという、通常は結びつかない2つの概念をどのように組み合わせるのかが、非連続に変化する様々な課題に直面する経営者にとって非常に重要な意味を持つ。私は、2018年の第10回から2021年の第13回まで毎年スピーカーとして登壇し、現在は同フォーラムのアンバサダーの役割も担っている。本稿では、今回のフォーラムで何が議論されたのか、経営の分野で世界の関心がどこに向かっているのかについて共有したい。

AIの進化は変曲点を超え、時代のナラティブは変化している

今回、大きく捉えると4つの経営課題が議論された。第1は不確実性に対するレジリエンスの強化、第2はAIの急激な進化への対応、第3は企業の環境・社会のサステナビリティに対する責任、第4は非連続な時代に求められる人間の能力だ。第1と第3はすでに経営者が認識する重要課題だが、2023年に大きく進展したのは第2のAIの急激な進化だ。ChatGPTに代表される生成AIは、従来の想像を超えたクオリティで文章や画像を自動生成する。それだけでなく、生成AIが持つ革命的な意味は、データサイエンティストでなくても誰でも自然言語の対話形式で高度なAIが使えるようになったということだ。この影響は計り知れず、企業は経営にAIテクノロジーを組み込まなければ、今後競争力を失っていくリスクが大きい。

フォーラムにおける基調的な共通認識として今回強く感じたのは、世界の経済と社会における支配的なナラティブが変化し、時代の変曲点(インフレクション・ポイント)を超えたということだ。ドラッカー・フォーラムが2008年の初回から変わらず最も重視する原則は、ピーター・ドラッカーが唱えた人間中心の経営というものだ。それに対して、これまでもテクノロジーをどう活用して事業を変革し、イノベーションを生み出すのかについては様々に議論されてきた。しかし、今回は非連続に進化するAIが経営に与える甚大な影響についての議論が、プログラムの中で数多く展開された。AIについて考えよう(think about it)ではなく、実行しなければならない(just do it)時代に入った。AIの急激な進化への対応が、経営の最優先課題の1つになったということを強く印象づける会議となった。

以下に、4つの課題に関して私が注目するいくつかの重要な議論を紹介したい。経営者に対して今何が問いかけられているのか、その問いに対する示唆に富むアイデアをまとめる。

不確実性に対するレジリエンスの強化

「不確実でカオス的な状況で起こる危機に対して、経営者は跳ね返すのか(Bounce Back)、それとも前向きに変化していくのか(Bounce Forward)が問われている。」

ジョン・ヘーゲルが語ったこの言葉は興味深い。彼は複雑性理論の研究センターとして知られる米サンタフェ研究所の評議員で、米シンギュラリティ・ユニバーシティで教えている。確かに、生物はカオスから多様な秩序を生み出すことを通じて環境変化に対応し、繁栄してきた。しかし、私たちは突然に起こる災害や状況変化に対して、受身の態度を取って今あるものを守る行動に偏りがちだ。では、この問いに対して経営者はどのように取り組むことができるだろうか。

米サンタフェ研究所評議員 ジョン・ヘーゲル

(1)前向きに失敗すること

フォーラム初日で最も注目を集めたのは、「失敗を活かす」と題されたセッションだった。新著「Right Kind of Wrong: The Science of Failing Well」を著したエイミー・エドモンソンは、世界中にインパクトを与えた心理的安全性に続く重要な洞察として「よりうまく失敗して (Failing Well)、失敗から学習すること」について語った。企業活動において実験的な試みを行い、そのデータや経験を蓄積して、個人的にも組織的にも失敗から学習していくことが不確実な環境で成長していくためには重要になる。

ハーバード大学ビジネススクール教授 エイミー・エドモンソン

同じような趣旨で、世界的なベストセラー作家のダニエル・ピンクは、「誰もが後悔することを最も嫌がるけれど、実は後悔から学ぶことが人の成長には非常に重要だ」と独自のリサーチに基づいて彼独特のユーモアを交えながら語った。新著「The Power of Regret 振り返るからこそ前に進める」を著した彼は、後悔の4つのタイプを説明しながら、失敗したことについてのノートを一人ひとりが作成して、失敗のパターンを見つけることが学びのために重要だと強調した。私はディナー・テーブルでピンク夫妻と隣り合わせになり、知日派の夫妻といろいろと会話することができた。どのようにして後悔の重要性を思いついたのかと聞いてみたところ、それは彼自身の経験と心の内から出てきたものだという答えが返ってきた。創造の内幕を見るようで興味深い。

ダニエル・ピンク

「失敗から学ぶ」というのは、自分の経験を振り返っても、多くの日本企業にとって最も不得意なことだと思う。学校教育に始まり、日本の企業文化では、失敗は後悔の原因であり、最も敬遠されることだ。これに対して、失敗に伴う恐怖をやわらげるような、失敗を許容する企業文化を醸成していくことや、アジャイルに実験的な試行を行い、前向きに失敗する仕組みを構築することが重要になってくる。私たちには、企業文化まで含めた変革を遂行できるかどうかが問われている。

(2)自律分散型の組織

「不確実性の高い環境においては、中央集権型の意思決定は必ずしも有効ではない。」

世界的なプロジェクトマネジメント・プロフェッショナルの非営利組織であるProject Management Institute(PMI)のピエール・ル・マンCEOはこのように語り、経営は生物が不確実な環境に対応する賢いやり方をもっと見習うべきだと続けた。例えば、自律分散型の免疫ネットワークに守られた人間の身体はとてもレジリエントだ。今回フォーラムでは、従来の階層型の組織から自律分散型の組織への変革が様々に議論された。例えば、中国の家電企業ハイアールがマイクロ・エンタープライズという独自の革新的な組織を採用し、急成長を遂げて成功したことはよく知られている。企業自体をプラットフォーム型にして、そのうえで多数の企業内起業家が自律的に意思決定して事業を行い、プロフィットシェアリングを受けるという組織モデルだ。IoTですべての家電商品をつなぎ、データを活用するというコネクテッド・エコシステムがそれを支える。しかし、常に変革には痛みも伴う。米国GEの家電部門はハイアールに買収された後、従来とは全く違うフラットなマイクロ・エンタープライズ組織形態への変革を実行した。GEアプライアンスのCEOケビン・ノランは、「この変革は多くの成功をもたらしたが、同時に自分たちは急速な変革の影響を過少評価していた。それは非常に大きなフラストレーションをもたらし、恐怖との闘いでもあった」と語っている。このような自律分散型の組織リーダーは、同僚にとってのコーチのような役割になるだろう。そして、彼が告白したように、誰もが新しいことを学習しなければならない時代ではリーダーは知ったかぶりをせず、「分からないことは分からない」と正直になることが大切だ。

自律分散型の組織への解は1つではない。戦略論の世界的権威として知られるコロンビア大学ビジネススクール教授のリタ・マグラスは、彼女の最新理論として「許可を必要としない組織 (Permissionless Organization)」という次世代の自律分散型の組織形態を提唱している。この未来の組織形態は革命的な潜在力を秘めている。デジタルテクノロジーは、組織の末端が自律的に意思決定を行うことを可能にし、組織をよりフラットで柔軟なものに変える力を持つ。マルチファンクショナルなチームは承認ゲートを通すことを強制されないため、顧客や環境の変化に対して、ビジネスプロセスを止めることなく柔軟かつスピーディに意思決定して行動を取ることができる。「未来はすでにここにある、ただ均等に行きわたっていないだけだ」というウィリアム・ギブソンの有名な言葉を引用しながら、この未来の組織形態のモデルに最も近い企業はアマゾンだろうと彼女は語った。この組織形態は次に述べる経営へのAIの適用にも親和性が高い。私は数年前に富士通の経営者フォーラムにマグラス教授を招いて対談したほか、以前のドラッカー・フォーラムのパネルディスカッションでもご一緒し、様々に意見交換してきた。今回、彼女に人とAIが協働する自律分散型の組織の可能性について質問してみたところ、AIが自律的に判断できる境界条件をうまく設定すれば可能だろうという興味深い言葉が返ってきた。では、次にAIの進化が経営に与えるインパクトについて見ていきたい。

コロンビア大学ビジネススクール教授 リタ・マグラス

AIの急激な進化への対応

生成AIの登場は、従来、人にしかできなかったような知識ワークを自動化する道筋を開いた。これが意味するのは、仕事を処理してアウトプットを出すための手段として、人とAIという2つの選択肢を経営者が持つようになったということだ。世界的な人材マネジメント・ソサエティSHRMのCEOジョニー・テイラーは、AIの普及によって大規模に人員が置換されるリスクに警鐘を鳴らし、経営者と従業員の間の信頼関係が不可欠であることを強調した。今回フォーラムでは、人とAIの関係性をどのようにマネジメントしていくべきか、さらにはAIが進化する中で人がどのように再定義されるのかが議論された。

(1)人とAIがコラボレーションする時代

「人が行ってきた仕事をAIで自動化することによってアウトプットは同じままで効率化していくのか、それともAIを活用して人の生産性や創造性を拡張することによってアウトプットを拡大していくのか。」

シリコンバレーのソフトウェア企業Quidの共同創設者ボブ・グッドソンはこのように経営者が突き付けられる問題を整理した。そのうえで、ソーシャルメディアなどで過剰につながりあう今の世界では情報量は人間が処理できる範囲を大きく超えて氾濫しており、生成AIは情報をマイニングして意味あるものにするために有用なツールだと指摘。企業はAIを使ってルーティンワークを自動化して、人がより多くの時間をチャレンジングで創造的な課題の解決に振り向けるようにすることにより、より大きな価値を生み出すことができると、彼は考えている。

テクノロジー自体は善でも悪でもなく、人の使い方次第だ。AIテクノロジーについては、1950年代から人の知能を置き換えるArtificial Intelligence (AI)として使うのか、それとも人の知能を拡張するIntelligence Augmentation (IA)として使うのかという根本的な議論があった。Everywhere Venturesの共同創設者スコット・ハートレーは、AIの背後には人が必ず存在すると指摘し、人とAIが協働でジョブを遂行していくモデルの方が現実的だと語る。スコットは「生成AIを使うのは、人とAIが卓球で球のやり取りを行うようなものだ」という喩えを使って、これからはAIとスパーリングをするために倫理的に正しい質問をするスキルが重要になると強調した。彼は、生成AIを使って文章を作成させるのではなく、自分では考えつかないような見方を提案させることによって考えを補完し、思考を構造化するツールとして使っていると語る。この先にあるのは、人とAIがそれぞれの強みを出し合い、コラボレーションする未来像だ。

(2)ネクスト・ヒューマンの姿を考える

生成AIを含むAIテクノロジーの急激な進化に伴い、「人間とは何か」を問い直すことが私たち一人ひとりに求められている。人材シンクタンク Burning Glass Institute社長 マット・シーゲルマンは、「AIのトレーニングよりも、人間のトレーニングが重要課題だ」と強調する。生成AIの登場は、人材のスキルアップデート(リスキリング)が要求されるスピードを大きく加速させていくだろう。企業にとって、そして社会にとって自分が役に立つ存在であり続けるために、誰もがラーニング・ストラテジー(学習戦略)を立てる必要がある。彼は、今後重要となるコア・スキルとして、データとデジタル、コミュニケーション、論理的思考、複雑なプロジェクトマネジメントのスキルを挙げた。

AIを開発するトップエンジニアはこれについてどう考えるだろうか。アストリッドAIの共同創設者 トゥイ・ノック・トランは、ヒューマンタッチのコミュニケーションが重要だと語った。しかし、彼女は未来については必ずしも楽観的ではない。今、AIは高度な認知能力を持ち、1つのAIで複数のタスクに対応できるように進化している。これが進んでいった場合、未来のネクスト・ヒューマンはどういう姿になるだろうか。テクノロジーは人間を変えていく。かつて狩猟で獲物を追いかけていた私たちの祖先の肉体は強かったが、家畜を飼うようになると肉体の能力は衰えた。AIが進化する中で、人間の認知能力はどうなってしまうのだろう。今4歳の彼女の娘が20歳になった時に世界がどうなっているのかは不安だと語る。彼女の問題意識は、「追加コストがかかっても人間がトレーニングに関与してAIを開発するのか、それとも完全にブラックボックスのAIを開発するのか」ということにあるそこが大きな選択になるだろう。これは企業の選択肢であるとともに、社会全体の選択肢ともなるだろう。私たちは倫理観を持ち、多様なステークホルダーの間で議論しながらAIの開発・社会実装を進めていく必要がある。

では次に、企業と社会の関係についての議論を見てみたい。

アストリッドAI共同創設者 トゥイ・ノック・トラン

企業の環境・社会のサステナビリティに対する責任

「企業は社会の公器(Organs)である。」ピーター・ドラッカーはこのように語り、企業が収益を上げながら社会に価値を提供することを一貫して唱えた。この言葉は、今の文脈で考えれば、企業は社会のエコシステム(生態系)の重要な構成要素であると言い換えてもよいだろう。ハーバード・ビジネススクールの名誉教授でバランス・スコアカード(BSC)を創出したロバート・キャプランは、過去60年間にわたる株主中心の資本主義からステークホルダー主義への大きな時代転換を振り返り、企業の境界線が外部に拡大してきたと語った。そのうえで、BSCフレームワークの中に環境と社会という外部要因が欠けていたことは認めなければならないと語った。そして「企業が現在直面する危機に基づいてミッションとバリューを見直し、社会への価値を提供しながら、同時に財務価値を生み出すストラテジー・イノベーションやビジネスモデル・イノベーションこそが重要だ」と強調した。では、そのためにどのような方策が可能だろうか。

ハーバード大学ビジネススクール名誉教授  ロバート・キャプラン

(1)サステナビリティをビジネス化する

企業の境界線はサプライチェーン全体にまで拡大してきている。PMI会長のジェニファー・サープは、世界的に最も影響力の強いプロジェクトの1つとしてウォルマートのプロジェクト・ギガトンを挙げた。このプロジェクトは、2030年までに同社のサプライチェーン全体で1ギガトン(10億メートルトン)の温暖化ガスを削減するという計画だ。これは、2億2千万台の自動車が1年間に排出する量であり、米国バイデン政権が2030年までに達成するゴールとしてコミットした年間排出削減量に相当する、1企業としては途方もない計画だ。すでに4500社のサプライヤーがコミットし、2022年時点で計画の75%まで進捗している。興味深いことは、「ウォルマートがこの計画実行を決意した理由が非常に現実的なリスクマネジメントだった」ということだ。温暖化ガスを排出する従来のままの事業を続けていれば、あらゆるもののコストが上昇し、ウォルマートもそのサプライヤーも顧客も立ち行かなくなるという財務的なシミュレーションが意思決定を後押しした。この事例は、企業のパーパスとミッションに立ち返り、環境や社会のサステナビリティと財務的な成長のトレードオフを中長期的な時間軸で解消するプラクティカルな戦略思考が重要であることを示唆している。

(2)再生 (Regeneration)という考え方

マーケティング・コンサルタントで起業家のクリスチャン・サーカールは、再生(Regeneration)というコンセプトを提唱した。彼はマーケティング界の重鎮 フィリップ・コトラーとタッグを組んで、再生型マーケティング(Regenerative Marketing)をグローバルに推進し、実際にインドで再生型の都市プロジェクトの実践に携わっている。環境・社会の課題に対して、企業は利益のみを追求する姿勢からピーター・ドラッカーが重視した共通善(Common Good)に貢献する姿勢へと軸足を移していく必要がある。彼のアプローチは、社会(コミュニティ)を巻き込んだエコシステムを構築し、企業価値と社会価値を実現していくというものだ。富士通も再生型社会(Regenerative Society)を未来社会のビジョンとして掲げ、データやAIなどのテクノロジーをどのように活用してそれを実現するのかをFujitsu Technology and Service Visionとして発信しているが、彼が語った考えと共通する点もあると感じた。

では最後に、危機に直面しつつ未来を切り拓くために必要な人間の能力についての議論を振り返りたい。

クリスチャン・サーカール

非連続な時代に求められる人間の能力

「非連続で不確実なこの時代に求められるのは、スキルだろうか、それとも能力(ケイパビリティ)だろうか?」

こう語りながら、前述のジョン・ヘーゲルは、特定のスキルは特定の状況や文脈(コンテクスト)でのみ有効だけれども、能力はどのような状況や文脈でも力を発揮すると強調する。今回フォーラムにおける数多くのセッションで、危機を乗り越えられる人の創造的な能力や、AIが発達する環境で重要になる人の能力について、様々な議論があった。

(1)人間性への回帰

今回フォーラムで多くの人が言及したのは、芸術や哲学といったリベラルアーツの教養も含む豊かな人間性(ヒューマニティ)の重要性を再認識することだ。ジョン・ヘーゲルは、好奇心や想像力、創造性、学習能力などが新たな知識を生み出すために必要な能力だが、それを後押しする力は「人の豊かな情動(エモーション)であり、情熱(パッション)」だと語る。大きなインパクトを生み出すことへのコミットメントや、カオス的な状況を楽しむ姿勢や、人とのコネクション。それに対して、恐怖は創造性を圧殺する力だ。ビジネスリーダーはメンバーの情熱と恐怖をマネジメントしなければならない。

それに対し、デザイン思考の第一人者でIDEOの共同会長 ティム・ブラウンは、創造的なマインドセットを持つためには、「人とのつながり」をつくって孤独にならないことだと語る。パンデミック時のソーシャル・ディスタンスが人のマインドセットに与えた負のインパクトは誰もが経験したものだと思う。今、私たちが行っているリモートワークでどのように人のつながりを促進するのかということには依然として課題がある。これに続いて、彼は時間に対する態度が重要だと語る。ギリシャ語で時間を意味する言葉には、クロノスとカイロスの2つがあった。「クロノスは時計が刻む機械的な時間で、今の組織はクロノスの時間に支配されている。しかし、ここからは創造的な活動は生まれてこない。もう1つのカイロスの時間とは、一人ひとりが主観的に経験する時間だ。企業はテクノロジーを使って人をクロノスの時間から解き放つべきだ」と主張した。分刻みでミーティングがスケジュールされる仕事のスタイルではなく、集中できる、まとまった時間を過ごすことが創造につながるというアドバイスは、そのとおりだと思う。

IDEO共同会長 ティム・ブラウン

(2)センスメイキングとストーリーテリングの重要性

非連続で不確実な時代に不可欠なものとして非常に多く言及されたのは、取るべき行動に意味を与え、人々に腹落ちさせるセンスメイキングの能力だ (英語で「センス」=意味を「メイク」=腹落ちさせる)。不確実な状況で人々が自律的に行動し、変革に挑むためには、行動を導くパーパスや、ミッション、バリューが不可欠となる。しかし、リーダーがその意味を同僚たちの腹に落とすことができなければ空回りするだけだ。

そのためにストーリーテリングがとても重要な役割を果たす。製薬企業ファイザーEVPのサリー・サスマンは、Covid-19パンデミックの危機に直面した際に、従来ならば12年かけて開発するワクチンをたった8か月でリリースする途方もないチャレンジについて語った。従来とは全く異なるプロセスを取り、プレッシャーの下でリスクを取るアジャイルなカルチャーに変革する困難さを経験した。達成指標(メトリクス)を設定してマネジメントすることはもちろん必要だが、それ以上にストーリーの共有が重要だ。彼女は、「レジリエントな個人が集まることが、レジリエントな組織をつくりあげる。そのためには、個人が困難を乗り越えたストーリーを組織内で共有することが有効だ」とファイザーにおける経験を交えて語った。人と人とがストーリーを語ってコミュニケーションし、メンタリングすることが組織をレジリエントに変革していくのだ。

ファイザーCCAO EVP サリー・サスマン

まとめ

最後に、今回のフォーラムで議論された重要な洞察をまとめたい。

(1) 不確実でカオス的な状況に対して前向きに進むことによって組織のレジリエンスを強化することが期待できる。そのためには、失敗から学ぶ文化と自律分散型の組織への変革が重要な鍵だ。

(2) AIの進化は変曲点を超え、経営の最優先課題の1つとなった。人とAIのコラボレーションを通じてより大きなパフォーマンスを達成することが期待できる。一方で、人間に与える影響に配慮し、倫理観を持ってAIの開発・社会実装を進めることが必要だ。

(3) 企業の境界線は、とりまく環境や社会を包含する形に変化してきた。環境や社会のサステナビリティと財務的な成長のトレードオフを中長期的な時間軸で解消する戦略思考や、社会のステークホルダーとのエコシステム形成が示唆された。

(4) 非連続に変化する状況に対処するには、特定の状況や文脈で有効なスキルだけでは不十分で、どのような状況や文脈でも力を発揮する、より根源的な能力を開発する必要がある。情熱を持って人とつながって創造的に働き、ストーリーを語って行動の意味を腹落ちさせる能力が重要だ。

ドラッカー・フォーラムでは、ピーター・ドラッカーのレガシーを受け継ぎ、常に人間に対する深い洞察に基づく経営論が交わされる。私が富士通に在籍して同社のヒューマンセントリックな未来ビジョンづくりに携わっていた頃、このフォーラムでの議論に参加した経験が非常に役立った。一方で、このユニークなフォーラムへの日本人ビジネスリーダーの参加が少ないことは残念でもある。今後、ドラッカー・フォーラムは次世代の「ネクスト・マネジメント」の姿についての議論を様々に展開していくため、参加を検討いただければ幸いである。

執筆者プロフィール

元富士通のVP・チーフストラテジストとして同社の未来ビジョンのストーリー制作を10年以上にわたりリード。現在、富士通が設立したコンサルティング企業であるRidgelinezのシニアアドバイザー、ならびにGlobal Peter Drucker Forumのアンバサダー。

執筆者

  • 高重 吉邦

    Ridgelinez株式会社

    Senior Advisor

※所属・役職は掲載時点のものです。

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