COLUMN
2024/03/21

サステナブルな成長経営を実現する人起点の変革

関連キーワード:

激しく移り変わる現代においてサステナブルな成長経営は経営者にとって重要課題の1つとなっています。Ridgelinezではサステナブルな成長経営をDXで支援するにあたり、人を起点としてすべての変革を発想することが鍵となると考えています。本コラムでは「人起点」のアプローチをベースとして、「CX(顧客の体験価値)」、「EX(従業員の体験価値)」、「イノベーション」、「ウェルビーイング」、「成長マインドセット」の5つの切り口から、そのあるべき姿を解説します。

CXから考える人起点の変革

2023年7月5日、世界の平均気温は過去最高を更新しました。気候変動は「もっと暑くなる」問題であることを我々は認識しなければなりません。これに「もっと足りなくなる(資源問題)」、「もはや隠せない(ガバナンス・不正問題)」を加えたものが、アンドリュー・ウィンストン氏が著書「ビッグ・ピボット」で記した重要な3つの潮流です。

現在の企業には、この3つの潮流に対応してサステナブルな成長経営を実現していく「人起点の変革」が求められています。

そこで取り上げるのは、「CX(顧客の体験価値)から考える人起点の変革」の先駆者として知られるアマゾンの事例です。その意義を理解するためは、創業経営者であるジェフ・ベゾス氏の思考の要諦から知っておく必要があります。同氏の「哲学・想い・こだわり」として紹介しておきたいのは次の3点です。

1点目は、「地球上で最もカスタマーセントリック(顧客中心主義)の会社」というミッションです。ベゾス氏は、カスタマーセントリックを「顧客を宇宙の中心に置く」と定義しました。これをデジタルテクノロジーによってカスタマージャーニーに体現することが可能な時代が到来しており、そこで繰り広げられているのが昨今のDXの戦いです。

2点目は、「大胆なビジョン×高速のPDCA」へのこだわりです。自社の事業を通じて、いかなる社会的問題と対峙し、新たな価値を生み出していくのかをビジョンとして掲げ、それを支える企業文化をスタートアップのようにスピーディに実現しています。

3点目は、「低価格×豊富な品揃え×迅速な配達」へのこだわりです。ベゾス氏は「アマゾンは10年後にどうなるか?」という質問に対して、「それは私にも分からない」と答えています。しかし、「昔も今も10年後も変わらないもの」として一貫して掲げてきたのが、「低価格」、「豊富な品揃え」、「迅速な配達」に対する顧客のニーズであり、時代の変化を見極めながらアップデートし続けています。

【図1】「顧客を宇宙の中心に置く」アマゾンの考え方

上記のような思考の要諦から、ベゾス氏が追い求めているCXのあり方を総括すると、その本質は「人が人間としてもっている本能や欲望に応えること」、「テクノロジーの進化によって高度化する『問題』や『ストレス』を解決すること」にあります。「察する」テクノロジーによって、顧客に「○○取引をしている」ことを感じさせないこと、自然であることが重要なポイントです。

EXから考える人起点の変革

「EX(従業員の体験価値)から考える人起点の変革」も重要なテーマです。

米ギャラップ社の調査によれば、仕事への熱意や職場への愛着を示すエンゲージメント率について、日本は145カ国中で最下位のわずか5%にとどまっています。エンゲージメント率の低い企業は生産性も低い傾向にあることがわかっており、裏を返せば、日本人の生産性を高めるためにもEX向上が必須です。

具体的にはギャラップ社は、エンゲージメントサーベイにおける12の設問に基づく調査を行っており、この結果は米国企業で広く利用される指標となっています。

 Q1. 職場で自分が何を期待されているのかを知っている

 Q2. 仕事を上手く行うために必要な材料や道具を与えられている

 Q3. 職場でもっとも得意なことをする機会を毎日与えられている

 Q4. この7日間のうちに、よい仕事をしたと認められたり、褒められたりした

 Q5. 上司または職場の誰かが、自分を1人の人間として気にかけてくれているようだ

 Q6. 職場の誰かが自分の成長を促してくれる

 Q7. 職場で自分の意見が尊重されているようだ

 Q8. 会社の使命や目的が、自分の仕事は重要だと感じさせてくれる

 Q9. 職場の同僚が真剣に質の高い仕事をしようとしている

 Q10. 職場に親友がいる

 Q11. この6か月のうちに、職場の誰かが自分の進歩について話してくれた

 Q12. この1年のうちに、仕事について学び、成長する機会があった

同社のデータベースによれば、組織の生産性や収益性と従業員エンゲージメントの間に大きな相関関係があることが、データによって証明されています。

では、どうすれば従業員エンゲージメントを向上できるでしょうか? 登山に例えて考えてみましょう。ベースキャンプ(何が手に入るのか?)を設置し、キャンプ1(自分はどんな貢献をしているか?)、キャンプ2(自分はここの人間なのだろうか?)、キャンプ3(全員が成長するにはどうすればいいか?)を経て頂上にアタックするというように、徐々に高度を高めていくロードマップを描くことが秘訣となります。

【図2】従業員エンゲージメントの向上を登山に例えて考える
出典:『まず、ルールを破れ』(日本経済新聞出版)より筆者作成

イノベーションから考える人起点の変革

人起点の変革は、イノベーションからも考える必要があります。

個人の情報があれば、AIが文学・哲学、宗教などの視点から人生の意義さえも答えてくれる時代が到来しました。ヴィクトール・E・フランクルは著書「夜の霧」の中で、「人生の意味を問うのではなく、人生から問われていると考えるべき」と述べています。人生から何が問われているのかを考える。それに対して答えを出す。生成AIの誕生によって、私たちは人類が地球や宇宙から何を問われているのかを考える必要があります。

改めて考えてみれば、目標やビジョンとは必ずしも過去からつくるものではありません。目標やビジョンこそ未来をつくるものであり、未来から逆算して考えることが求められます。これこそが破壊的イノベーションやパラダイムシフトをもたらすものであり、そうであれば、未来をつくる営みは、最後の最後まで人がやるべきではないでしょうか。その意味でも経営者が組織に育成しなければならないのは目標設定する能力であり、ひいては論点を立てる能力にほかなりません。

人は誰でも、何かを創り出すために生まれてきました。「“生きる意義”も人生の目標も、そして自分の未来も、自分が想像して創造するもの」というのが私の考えです。AIを使いこなすのか、それともAIに使われるのか。生成AIはその本質を人間に問いかけています。

【図3】AIと人間では得意分野が異なる

ウェルビーイングから考える人起点の変革

さらに強調しておきたいのが、ウェルビーイングから考える人起点の変革です。

米国企業の強さは、実は個人の強みを生かすことに起因しており、国家としての競争優位性の源泉となっています。個人の強みを生かすことが社員エンゲージメントの最重要項目であり、ウェルビーイングを高めるためにもそれが重要です。

【図4】ウェルビーイングを高めるためにも個人の強みを生かすことが重要

これまで組織の弱みを克服し、平均点を上げることに注力してきた日本も、個人の強みを生かすことにパラダイムシフトすべき局面を迎えています。ギャラップ社は、世界人口の98%以上の人々の行動とウェルビーイングを研究することで、人々が充実した生活を送るために必要な共通要素を明らかにしました(出典:『職場のウェルビーイングを高める』、日本経済新聞出版)。

それが次の5つの要素です。

1つ目は、キャリア・ウェルビーイング。「日々していることが好き」、「日々面白いことを学ぶか実践している」と思える人と比べ、そう思えない人は、日常で退屈や怒りを感じる度合いが大幅に高く、エンゲージメント度は低いと報告されています。

2つ目は、人間関係ウェルビーイング。人生を豊かにする友がいることでウェルビーイングは向上し、生活はより豊かになり、他者を通じて学び、成長し発展していきます。

3つ目は、経済的ウェルビーイング。自分がやりたいことをするのに十分なお金を持っているという認識、あるいはお金の心配がないことは、総合的なウェルビーイングに対して大きな影響を与えます。自分の財政を適切に管理することで、望むことをしたいときにそれを実現することができます。

4つ目は、身体的ウェルビーイング。「過去7日間、活動的で建設的であった」、「身体的健康はほぼ完ぺきである」と思える人は、物事をやり遂げるエネルギーが満ちています。身体的ウェルビーイングが充実している人は、定期的に運動し、良い食事の選択をし、十分な睡眠をとるなど、健康を効果的に管理しています。

5つ目は、コミュニティ・ウェルビーイング。「住んでいるところが好き」と思っている人は、自分の強みと情熱に基づきコミュニティに貢献できる分野を見つけています。他者のために行動することで、私たちは自分の力で変化を起こせることを実感し、これが変革を生み出す自信につながっていきます。

世界トップ企業をベンチマークする

最後にお伝えしたいのは、成長マインドセットにリセットすることの重要性です。ここでは世界トップ企業をベンチマークします。

2024年1月12日、「マイクロソフトが時価総額で一時アップルを超え、2年ぶりに首位に返り咲く」という記事(日本経済新聞)が出ました。生成AIというメガトレンドの最注目銘柄でもあるマイクロソフトは、業績トレンドだけでなく株価のプラス材料も、より豊富に保有しています。

ところが、そのようなマイクロソフトも、2014年にサティア・ナデラ氏がCEOに就任する前の10年間は、株価も業績も低迷していました。そこでサティア・ナデラ氏が最初に手を付けたものこそ、固定マインドセットから成長マインドセットへのリセットでした。固定マインドセットを持つ人は、「能力は向上しない」と信じています。これに対して成長マインドセットを持つ人は「能力は向上する」と信じています。

【図5】固定マインドセットから成長マインドセットへのリセットがマイクロソフトの成長のカギ

「失敗」についてはどうでしょうか。固定マインドセットを持つ人は、失敗を「パーマネントで許されないもの」と考えがちです。これに対して成長マインドセットを持つ人は、「学んで成長する機会」、「ピボットする機会」であると捉えています。

「フィードバック」についても同様です。固定マインドセットを持つ人は、フィードバックを「個人への攻撃」と受け止めてしまいます。これに対して成長マインドセットを持つ人は、「成長の機会」、「新たなシステムを創造する機会」と捉えています。

さらに「障害」に直面した場合、固定マインドセットを持つ人は、障害に直面した際に、「諦める、止める」「努力もしない」といった行動しかとらず、障害を避けるために「いつも簡単なことしかやらない」ことから、成長することができません。これに対して成長マインドセットを持つ人は、障害を「実験し挑戦する機会」、「問題を解決できるようにする機会」と捉え、「いつも難しいことに挑戦して努力している」ため、自ずと成長していきます。

このように成長マインドセットを持つ人が成功することには、明確な理由があるのです。

マイクロソフトは「できる限り顧客のことを考える」(Customer Obsessed)、「積極的にダイバーシティとインクルージョンを追求する」(Diverse and Inclusive)、「One Microsoftとして行動する」(One Microsoft)を成長マインドセットの3本柱と位置付け、企業文化を変革することで、見事な復活を遂げることができました。

本コラムではサステナブルな成長経営を実現する人起点の変革について、CX、EX、イノベーション、ウェルビーイング、成長マインドセットの5つの切り口から述べてきました。変革を加速するために、今こそ「成長マインドセットへのグレートリセット」が必要です。その実践に向けて日本企業にエールを送りたいと思います。

執筆者

  • 田中 道昭

    立教大学ビジネススクール教授
    Ridgelinez 戦略アドバイザー

※所属・役職は掲載時点のものです。

INFORMATION

Human ∞ Transformationや4X思考にご興味をお持ちの方へ

Human & Values Lab共鳴する社会展

―人と企業のサステナブルな関係―

「人と企業が共鳴する社会」をテーマに、人の価値観に関する研究成果を
展示形式でご紹介します

メールマガジン登録

Ridgelinezではビジネスに関する最新情報、イベント/セミナーなど、
様々なトピックをご紹介するメールマガジンを発行しています

お問い合わせ

Ridgelinezが提供するサービスについては、
こちらからお問い合わせください