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デジタルと産業データ時代に向けた成長戦略(2)

2023年03月29日

第2回:日本企業に新しい姿の成長軌道に乗るチャンス到来

本コラムシリーズでは、日本企業が新しい姿の成長軌道に乗るためにDXが果たす役割について3回にわたって考察している。第1回は産業データの活用に焦点を当てたDXによる成長戦略の背景と意義について述べた。第2回は国家レベルの産業DXと企業レベルの産業DXを論じ、既存企業を新しい成長軌道に乗せるための戦略構図を描く。

目次

1.産業データに潜む巨大市場を制するのは誰か

2.世界の国々と企業が新しい成長戦略を求めて産業DXに取り組み始めた

3.産業データが作り出す新しいメカニズムの経済的価値

*分業と結合・統合のネットワーク、3つのメカニズム

*アップル、テスラ、BYD、アリババ、コマツ、常石、ダイセル、トヨタ

4.コラムシリーズ第3回に向けて

 

1.産業データに潜む巨大市場を制するのは誰か

総務省やJEITAの調査によれば、世界に出荷されるセンサーが2010年代から増え、2020年だけでも300億個を超えたという。その累積がすでに2,000億個以上となり、センサーそれ自体の機能も急速に進化した。ここから膨大な数のデータが生成され、2025年にGAFAデータの2倍に近づく。産業データの経済環境が2020年代から急速に広がる背景がここにあった。

【図1】で模式的に示すように、個人の行動データを活用したGAFAが巨大市場を作ったのであれば、産業データにもそれと同等以上の可能性が潜んでいるはずである。ここで累積2,000億個のセンサーを使うのが主に既存の企業であるという意味で、産業データの多くは既存企業によって生成される。

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【図1】2020年代から急拡大している産業データの経済環境
(出所:IDCのデータをもとに筆者作成(※1))

このような背景のためか、欧州連合(EU)がData ActやData Government Act、Digital Market Actなど、産業データを保護する新たな制度設計に着手した(※2)。ここでEUの基本的な考え方は、産業データの利用権/アクセス権とデータを第三者へ提供/共有する権利が、モノやアセットの利用者へ付与される点にある。

モノづくりという視点でこれを言い換えれば、最初にデータの利用権/アクセス権や提供権を持つのが、ダントツの製品やシステム(ハードウェア)を開発するモノづくり企業となる。データを活用/連携しながら、魅力的なサービスや顧客価値を最初に提供できる企業が21世紀のモノづくり企業になるのである。

この考え方が他の産業にそのまま適用できるという意味で、すべての既存企業に、巨大市場を開拓し新しい姿の成長軌道に乗るチャンスが開けるのではないか。多くの雇用を支える既存企業が成長軌道に乗って初めて成長と分配の好循環が始まる。

(※1)IDC White paper“The Digitization of the World Forum Edge to Core″
(※2)既存の知的財産法ではデータを保護できない。新しい保護制度が必要。

 

2.世界の国々と企業が新しい成長戦略を求めて産業DXに取り組み始めた

産業データを活用する21世紀のDXとは、人間社会が150年ぶりに手にした“デジタルやデータ”という新しい成長要素を活用し(※3)、長期低迷に喘ぐ国の経済を新しいメカニズムで成長軌道に乗せる国家戦略であり、企業の成長戦略である。

国家レベルDXの代表的な事例がIndustrie4.0やGAIA-Xなどヨーロッパが取り組むプラットフォーム型の産業ネットワークであり、中国が取り組むプラットフォーム型ネットワークとしての新型基礎設施建設(新型インフラ建設)となる。

日本のGreen Transformation(GX)も、そしてアメリカが進めるBuild Back Betterの政策もここに加えていいだろう。いずれの政策も5~15年で総額100兆円から200兆円を超える巨額投資が計画されている。

これを企業レベルで語れば、アップルはもとより、テスラやトヨタなど、世界中の自動車メーカーとそのサプライヤーが構築するプラットフォーム型のネットワークであり、コマツやダイセル、ダイキンなど日本企業が構築するプラットフォーム型ネットワークとなる。

企業レベルDXの潮流はすでに2010年代の小売業や金融・保険、医療機器の産業から始まっており、現在はモビリティ、観光、エネルギー、ヘルスケアなど、他の多くの産業で観察される。

経済産業省の定義を待つまでもなく、世に言うビジネスプロセスやビジネスモデルの変革は、個々の企業が成長戦略としてのDXを具体化するための企業戦略だ。ただし、この具体化にはレガシー慣習やコーポラティズムの無い、新しい姿のプラットフォーム型ネットワークが必要である(※4)。

デジタルと産業データの利活用が広がる2020年代に、プラットフォーム型ネットワーク建設への巨額投資が計画される背景もここにあった。ここで産業データは、どのようなメカニズムで企業の生産性を高め、企業価値を高めるのだろうか。これを「産業データのつながりが作り出す新しい姿の経済的価値」という視点から語ってみたい。

(※3)人類社会は、18世紀後半の第一次経済革命で人間の経験則を産業化し、19世紀の中期から始まる第二次経済革命では自然法則を産業化することによって新しい姿の成長メカニズムを作り出した。これらはいずれも物質中心の経済であったが、21世紀から始まる第三次経済革命では、デジタルやデータという非物質的な要素によって新しい姿の成長メカニズムが作り出される。(出典:小川紘一(2015)『増補改訂版 オープン&クローズ戦略』、翔泳社、第2章)。ここから資本主義経済の非物質主義的転回が加速されるのではないか。
(※4)コラムシリーズ第1回で紹介したように、レガシー慣習やコーポラティズムの無いプラットフォーム型ネットワーク建設の代表的な事例が、アメリカの産業構造を作り変えた1990年代のシリコンバレー。

 

3.産業データが作り出す新しいメカニズムの経済的価値

18世紀のアダム・スミスから19世紀のフリードリッヒ・リストや20世紀のアリン・ヤングを経て20世紀まで、企業の生産性を飛躍的に高める代表的なメカニズムが分業とその結合・統合であった。互いにつながっていない分業は、たとえ企業内の分業であっても生産性の向上に貢献しない。

ここで我々が留意すべき点は、企業活動の多くがそれぞれ細分化された分業の組み合わせで構成されているという事実。したがってデジタルと産業データ時代の2020年代は、細分化された分業をデータ経由でつなぎ、これを結合・統合することによって初めて生産性を飛躍的に高め、企業価値を高めることができる。

産業データが生産性や企業価値を高める第一のメカニズムはここにあったが、個々の分業がデータ経由でつながるのであれば、必然的に第二のメカニズムとしてネットワーク・コーディネーションが現れ、第三のネットワーク・インタラクションが現れる。

このことにより、個々の企業にプラットフォーム型ネットワーク構築が必要となったのであり、これを背後で支える21世紀の国家にプラットフォーム型のネットワーク建設が必要となる背景もここにあった。これを内外の具体的な事例で語ってみたい。

3.1 分業と統合のプラットフォーム型ネットワークと内外の事例

日本の自動車産業が1980年代のアメリカ市場で競争優位を構築できた背景に、協力企業による分業と、これを結合・統合する自動車メーカーとの共生的なネットワークがあった。フルセット垂直統合型だった当時のアメリカ企業が、ネットワーク型の日本企業によって劣勢に追い込まれたのである。

当時は人を介したコミュニケーションでつながるネットワークであり、擦り合わせ型の分業・統合ネットワークであった。擦り合わせ型のつながりは、コミュニケーションのコストが高く時間もかかるため、人間の認識限界を超える擦り合わせが困難である。したがって分業と統合の経済効果は、工場のような人智の及ぶ狭い範囲に制限される。

しかし、2020年代から広がる産業データの経済環境であれば、多種多様な分業の機能・作業をデータ経由で結合・統合することが可能。これを具体化するのが21世紀のプラットフォーム型ネットワークである。

産業データ経由でつながるプラットフォーム型ネットワークでは、このデータがサイバー空間のクラウドに置かれているという意味で、コストが非常に低く、時間もほぼゼロ。また分業と統合の擦り合わせも、その多くが人工知能によって処理されるため、ネットワークが人智を超えてグローバル市場に広がり、強大な経済的価値を生み出す。

<海外の最新事例>

このような特徴を大規模に活用した代表的な事例として、アップルがiPhoneで構築したプラットフォーム型のネットワークを挙げることができる。そのつながりは、グローバル・サプライチェーンが生成するデータ経由であり、工場の組み立て作業が生成するデータ経由でもある。あるいは250万本を超えるAPI経由であり、販売チャネルやユーザーが生成するデータ経由のつながりとなる。

例えばiPhoneの設計では、設計チームがすべてを仕切るトップダウン型ではなく、サプライチェーンの最適化(部品調達のリードタイムを常に一定に保つ)を最優先して設計される。そのために、月と地球を往復するに等しい総計70万Kmにも及ぶサプライチェーンを産業データ経由でつなぎ、監視できるようにしなければならない。これを可能にするのが、iPhoneの組立レシピや主要部品の製造レシピをアップルが開発し、これを設備と一体でサプライヤーへ提供する仕組みであった。

生産設備にレシピを付けてアップルが貸与するのであれば、その所有権をアップルが持つ。したがってアップルはサプライヤーの設備稼働状態を知ることできる。そのうえでさらに、本コラムシリーズ第1回の2章で取り上げた“つながる仕組み作り”の基本問題も、これによってすべて解決されるのである。基本問題の解決に向けたこのような考え方がDXを成功させた日本企業でも多く観察されるのは非常に興味深い(※5)。 

テスラがEVで構築した分業と統合のサプライチェーンも、iPhoneと類似のプラットフォーム型ネットワークである。EVのハードウェアに関わるテスラの特許はアップルと同じくコア技術領域に特化していて非常に少ない。したがって基幹技術としての電池以外の多くを調達するが(※6)、EVでは一般に電池以外の部品の費用が企業利益とディーラー利益の合計の2倍を超えてしまう(※7)。 言い換えれば、分業と結合・統合の最適化がEVビジネスに大きな影響を与えるのである。

テスラが開発したギガプレスについても、部品点数や内製品コストの低減だけでなく、サプライチェーンを簡素化することによる経済的な効果が非常に大きい。簡素化できればデータ経由の分業と結合・統合も簡素化され、さらにレジリエントなサプライチェーンになるのは言うまでもない。

1990年代から広がるつながり過ぎた経済で、サプライチェーンの分断が起きやすくなる2020年代から、その安定化・最適化が企業利益の増加とビジネスの不確実性を軽減するうえで必須要件となった。

中国BYD社の電機自動車ビジネスは古典的な垂直統合モデルと言われているものの、BYDの内部にはそれぞれの分業単位をデジタルデータでつなぐプラットフォーム型のネットワークが整備されている。開発・設計、生産、サプライチェーン、ロジスティックチェーン、販売や顧客管理などを産業データで表現し、これを内部のプラットフォームで結合・統合しながら強大な経済的価値を生み出しているのである。この意味でプラットフォーム型のデジタル垂直統合モデルとなる。(※8)

デジタルと産業データが広がる2020年代から、産業データ経由でつながるプラットフォーム型のネットワークこそが価値と富の差を生む大きな要素になったのである。

<日本の事例>

これをモノづくり日本企業のDXという視点で語れば、コマツが建設現場と産業データでつなぐスマートコンストラクション、あるいはコマツの工場と協力会社の工場を産業データでつなぐKOM-MICSも、プラットフォーム型ネットワークの代表的な事例である。特にKOM-MICSが素晴らしい。

常石造船でも、自社と協力会社や海外工場をつなぐプラットフォーム型のネットワークが整備されており、生産性の向上に大きく貢献している。また造船業・船主・海運業との協業を目的にした常石造船のオープンなSEAWISEは、Skywiseと呼ばれるエアバス社のプラットフォームとほぼ同じ構図であり、非常に興味深い。

化学業界のダイセルが構築したネットワークシステムも、甲子園球場18個に匹敵する広大な工場に散在するプラントを、多種多様な設備が生成するデータでつなぐプラットフォーム型であり、産業データ経由のDXで生産性を飛躍的に向上させた代表的な事例となる。

このように21世紀のモノづくり企業における産業DXの本質はプラットフォーム型のネットワークにあった。レガシー慣習やコーポラティズムに囲まれ過ぎた日本企業のビジネスプロセスやビジネスモデルを作り変え、生産性と顧客便益を共に高めて成長する事例は、上記以外の企業にも着実に広がり始めている。

(※5)なおiPhoneの台数シェアは平均してスマホ全体の約18%だが、利益シェアは85%。(Counterpoint Researchの世界のスマートフォン市場調査結果(2022年10月~12月)より)
(※6)電池はEV全体のコストの約40%以上を占めるからだけでなく、ハードウェアとしてのEVの品質・性能・機能イノベーションの原点であり、Sales Talkを支える基幹部品。したがって内製しなければならない。この位置づけはガソリン車におけるエンジンと同じ。
(※7)出典:日経クロステック、36Kr
(※8)BYDはEV用の電池で世界シェア2位、EVのシェアはテスラに次ぐ2位だが、中国市場ではテスラを追い越した。電池はEV全体のコストの約40%以上を占めるためだけでなく、電池はハードウェアとしてのEVの品質・性能・機能イノベーションの原点であり、Sales Talkを支える基幹部品。したがって内製しなければならない。電池に対するこの位置づけはガソリン車におけるエンジンと同じ。

 

3.2 ネットワーク・コーディネーションと内外の事例

3.1で語ったデータ経由でつながる共生的な分業のプラットフォームであれば、必然的にネットワーク・コーディネーションが起きる。ここでネットワーク・コーディネーションとは、複雑な事業活動を分解して複数の人や企業で分担し、これをデータ経由でつなぐ、いわゆる分業のリンクを最適化することによって生産性を向上させることである。

ネットワーク・コーディネーションをデジタル型ネットワークへ応用した代表的な分業システムが、アリババのオンライン市場。アリババのオンライン市場は、ここにつながる1,000万社の出展者で構成される。この出展者は何百万社ものパートナー企業と産業データ経由でつながる巨大な分業システムであり、そのすべてが協力しながらオンライン販売、取引処理、さらには顧客の自宅まで配送する複雑な任務を、瞬時に遂行する。

このいずれも人間の力では不可能。したがって互いにつながるリンクの効率化や最適化を追求するネットワーク・コーディネーションは、その大部分を人工知能のアルゴリズムに委ねざるを得ない。産業データ経由のつながりと人工知能のアルゴリズムを組み合わせたDXが、小売企業のビジネスプロセスもビジネスモデルをも一変させてしまった。

このようなプラットフォーム型のネットワークであれば、どこにでもアリババと類似のネットワーク・コーディネ―ションが現れる。先に紹介したアップルにもテスラにも、そしてBYDでも、サプライチェーンや顧客と共生的につながる企業プラットフォームであれば、どこにでも現れ、大きな経済効果を作り出して生産性を向上させる。

アップルが長期にわたって圧倒的な利益率を誇る背景に、産業データ経由でつながる分業と結合・統合のネットワークがあったことを3.1で語ったが、これは単なる古典的な分業・統合だけでなく、ネットワーク・コーディネーションによる貢献が大きかったのである。

コマツやダイセルが生産性を飛躍的に高めた背景にも(※9)、またジェット旅客機の市場でいつもシェア2位に低迷したエアバス社がボーイングを抜いてトップシェアになり、さらにシェアを拡大している背景にも、ネットワーク・コーディネーションが大きく貢献している。

(※9)産業DXによってコマツの生産性が20~30%も向上していると言われ、ダイセルも営業利益の20~30%がここから生まれていると言われる。

 

3.3 ネットワーク・インタラクションと内外の事例

産業データが作り出す第三の経済効果として、それぞれの企業がネットワークにつながって刺激し合い、競争し合う新しい姿のインタラクションを挙げたい。

先に紹介したコーディネーションは、主に分業がつながるリンクそのものに焦点を当て、ネットワーク全体を最適化する経済効果であった。全体最適の主たる意思決定を人工知能のアルゴリズムに委ね、アルゴリズムの進化が生産性を向上させるのである。

一方、インタラクションとは、富や名誉、社会貢献など、自己実現を求める人間の心理的エネルギーによって互いに刺激し合うこと。人間の向上心やアニマルスピリッツがイノベーション連鎖を起こし、競争し合って生産性を向上させるのである。

これを工場の視点で語れば、コスト・機能・性能・品質の絶え間ない向上であり、生産技術や製造技術のイノベーションとなる。また製品開発の視点ならダントツ製品の開発となるが、ここに新しいビジネスモデルも含めてよい。この意味でネットワーク・インタラクションは、ネットワークを構成する個々の分業パートナー(企業)それ自体の生産性の向上であり、その結果としての富の増加となる。

分業を構成する個々の企業に知識や経験が蓄積され、次々にイノベーションを起こすのであれば、その企業の魅力度と影響力が高まる。高まればプラットフォームにつながる多くの分業パートナー(企業)、特に競合企業が刺激されてイノベーション連鎖を起こす。

この魅力度や刺激の度合いをパラメータにして企業や産業全体の成長を解析すると、いずれも指数関数的なプロファイルで成長することが分かった(※10)。多くの経済学者によって徹底的に論じられたにもかかわらず解決されなかった“競争下の収穫逓増(成長)”が、プラットフォーム型ネットワークの至る所で観察されるのである。

21世紀のスマホもアマゾンも指数関数的なプロファイルで成長したが、テスラや中国企業が先導する電気自動車産業も、これがオープンアーキテクチャの経済環境でプラットフォーム型ネットワークを構築しながらつながっているという意味で、必ず指数関数的なプロファイルで急成長するであろう。その兆候がすでに中国市場で顕在化している。 

これまで紹介した3つのメカニズム(①分業と統合のプラットフォーム型ネットワーク、②ネットワーク・コーディネーション、③ネットワーク・インタラクション)を別の視点で語り直せば、企業活動をデジタルデータで表現し、これをDigital Twinとして仮想化できれば、たとえ既存企業であってもこの3つのメカニズムを活用できる。

その代表的な事例がヨーロッパ自動車産業のボッシュやルノーがDXとして進める仮想化された生産システムであり、またBMWがメタバース上に構築する650万㎡の仮想工場となる。

あるいはヨーロッパ自動車産業がサプライチェーンDXとして進めるCatena-Xプラットフォームの仮想化である。Catena-Xが提供するつながりのアーキテクチャがアップルのそれとほぼ同じであることは非常に興味深い。

このいずれもデジタル型の分業と結合・統合、および21世紀のネットワーク・コーディネーションやネットワーク・インタラクションという3つのメカニズムによって、生産性の飛躍的な向上と脱炭素社会との同時実現を目指している。

先に挙げたコマツや常石、ダイセルの事例も、またほかの多くのモノづくり日本企業の事例でも、ほぼ同じメカニズムと同じ目的をもってDXに取り組んでいることは言うまでもない。本稿ではここに、生産現場の仮想化を進める北米トヨタと北米市場への輸出基地である田原工場(愛知県)の事例も加えたい。

彼らが「仮想ゲンバ」と呼ぶこのプラットフォーム型ネットワークが、北米トヨタや日本の田原工場からその周辺へ広がり始めた。ここで現場スタッフと経営幹部とのリアルタイム・コミュニケーションはもとより、全体の会議も個人的なコミュニケーションも、その多くが仮想化されたプラットフォーム型のコミュニケーション・ネットワークで行われているという。

例えばここでは、工場のカイゼン活動はもとより複雑な物流ルールも炭酸ガスの排出量も可視化されて共有される。さらには工場の管理・安全・保安や人事・労務など多種多様な現場が可視化されて関係者に共有されるため、ネットワーク・コーディネーションやネットワーク・インタラクションが至る所に現れるのである。

しかも、このすべてがIoTやAIの専門家ではなく、現場をよく知る現場の人々の手で行われており、その投資効果(ROI)が300%に及ぶという。

分業化された個々の作業や現場で起きている個々の事象などの部分(System)とその結合・統合(全体、Systems)が同期して成長するSystem of Systemsがここにあった。この事例も新しい姿の産業DXではないか。

以上の事例で観察される産業データは、それ自体の流通を目的にしていない。レガシー慣習やコーポラティズムに囲まれた既存企業の中でビジネスプロセスとビジネスモデルを作り変え、新しい姿の成長軌道に乗せるメカニズム構築に産業データが活用されている。

これが本稿で定義する産業DXであり、このように産業データを活用してDXに成功した企業と国こそが150年に一度とも言うべき産業構造転換を乗り切る覇者となるであろう。

(※10)コラムシリーズ第1回の【図1】に示したように、過去150年の経済成長はそのプロファイルも指数関数的なプロファイルであった。

 

4.コラムシリーズ第3回に向けて

日本政府は脱炭素戦略(GX)を経済政策の中核に位置づけて国際公約を追求し、同時にこのプロセスで日本の産業競争力を強化する方向へ向かっている。その実現に向けた2023年度のGX支援は、主にイノベーション基金や蓄電池、燃料電池、半導体関連への助成(約1.6兆円)であり、これによって産業競争力を強化することであった。

確かにこれが一丁目一番地ではあるが、いずれも技術イノベーションを勝ち抜くための“必要条件”に過ぎない。したがってオープンアーキテクチャの経済環境が多くの産業領域へ広がる2020年代に、これだけでは産業競争力の強化に貢献しない(※11)。

現在の中国企業や欧米企業が推進するオープンアーキテクチャの環境がグローバル市場に広がれば、そして日本企業が“必要条件”だけに頼るのであれば、日本企業は徐々に産業競争力を失っていくだろう。日本企業がオープンアーキテクチャの環境で何度も市場撤退を繰り返す事例は、ほかにも至る所で観察される。

このような問題意識をもとに本コラムシリーズで一貫して追求するのが、オープンアーキテクチャの環境でデジタルと産業データを活用する、“十分条件”としての産業DXである。“必要条件”とこの“十分条件”を連携させることによって初めて多くの日本企業が成長軌道に乗り、その結果として日本経済が新しい姿の成長軌道に乗る。

本コラムシリーズ第2回では、2020年代から広がる国家レベルの産業DXと企業レベルの産業DXを論じ、多くの雇用を支える既存企業を新しい成長軌道に乗せるためるための“十分条件”として、プラットフォーム型ネットワークという新しい姿の成長モデルを紹介した。

日本企業がこのモデルを使いこなせるなら、たとえレガシー慣習やコーポラティズムに囲まれすぎていても成長と分配の好循環を作ることができる。

次のコラムシリーズ第3回では、日本と日本企業がこの産業DXによって成長と分配の好循環を作り出すための、具体的なプラットフォームとネットワークの構造を紹介し、同時にここで生まれる富の多くを日本企業に引き寄せるビジネスモデルも描いてみたい。

そのための基本的な要件が、コラムシリーズ第1回で繰り返した“つながる仕組み作り”にあるという厳然たる事実を、ここで改めて強調したい。本稿で挙げた3つの成長メカニズムは、つながる範囲でしか機能しない。

(※11)オープンアーキテクチャの定義は本コラムシリーズ第1回の脚注(※7)を参照。

 

執筆者

  • 小川 紘一東京大学未来ビジョン研究センター シニアリサーチャー
    Ridgelinez シニアアドバイザー

※所属・役職は掲載時点のものです。

 

コラムシリーズ:デジタルと産業データ時代に向けた成長戦略