COLUMN
2023/12/25

デジタルと産業データ時代に向けた成長戦略(5)

関連キーワード:

第5回:GXプラットフォームと仮想空間の産業利用

本コラムシリーズでは、日本企業が新しい姿の成長軌道に乗るためにDXが果たす役割について考察している。第1回は、産業データの活用に焦点を当てたDXによる成長戦略の背景と意義について述べ、第2回は、国家レベルと企業レベルの産業DXを論じて既存企業を新しい成長軌道に乗せるための戦略構図を描き、第3回は、人と組織の行動フローによる可視化と共感の力を活用することで課題解決につなげる道筋を語った。第4回は脱炭素社会と経済成長を同時に実現させるGXプラットフォームの基本構図を提案したが、これを受けて第5回はGXプラットフォームの成長メカニズムと日本の現場力を競争優位へ変えるデータベースアーキテクチャ、そしてこの延長に現れる企業構図の変化について語りたい。2020年代から資本主義の非物質的転回が大規模に始まるのである。

GXプラットフォームの成長メカニズム

(1)人間の心理的な作用を企業や産業の成長に取り込む

第4回で示したGXプラットフォームを図1に再掲する。これが具体的にどのようなメカニズムで成長するかを示したのが図2だ。図2で特に注目すべき点は、第一層と第四層が第三層(仮想ネットワーク)を経由してつながり、互いに共感し影響し合うメカニズムが生まれる点である。共感・影響し合うパラメーターをそれぞれPaとRaで表現する。

【図1】GXプラットフォームのアーキテクチャ(概念図)

Paは、第一層が第四層の規制やインセンティブから受ける共感など心理的な影響の度合いであり、逆にRaは、第四層が第一層の企業や産業の成長期待から受ける影響の度合いを示している。この意味で、仮想化されたネットワークとしての第三層は心理的な作用を増幅させる機能を持つ。

【図2】人間の心理的な作用を企業や産業の成長に取り込むメカニズム

1990年代から蓄積された膨大な実証研究によれば、人間の心理的な共感や期待形成はいずれも人間の前頭前野のアルゴリズムによって生まれ、このアルゴリズムが人の行動を方向付けるという(※1)。

このような進化心理学の理論を導入するのであれば、PaやRaなど、心理的な作用を表現するパラメーターを図1のGXプラットフォームに取り込むのは合理的な方法論ではないかと考えている(※2)。

(2)指数関数的な成長プロファイルは人間の心理的作用から生まれていた

そこで本稿では、PaとRaという2つの心理的な作用をパラメーターにし、第一層と第四層が第三層を経由して共感し影響し合う姿を記述する。これが図2の右側に書いた①と②の連立微分方程式であり、これを解いて導かれるGXプラットフォームの成長メカニズムが以下の(1)式となる(※3)。

(Pn + Rn) × exp【(√Pa × √Ra) × t】 ―――(1)

ここでPnは第三層につながる第一層の企業数であり、Rnは第三層につながる第四層の観察者(普通の市民)の数や企業と機関の数である。またtは時間を表す。

一般的なプラットフォーム論で語られるように、仮想化された第三層に多くの人や企業がつながれば、すなわちPnやRnが大きくなればなるほど図1のプラットフォームが成長するという事実が、(1)式の第1項から理解される。

しかしここで我々が注目したいのは(1)式の第2項である。図1のプラットフォームが心理的なパラメーターであるPaやRaによって指数関数的に急成長する、という予測が第2項から導かれる。

確かに、これまで我々が経験した事実として、過去150年から200年に及ぶ主要国の一人当たりのGDPが指数関数的なプロファイルで成長しており(※4)、1980年代から1990年代のハードディスクもその後のフラッシュメモリも、そして携帯電話やスマートフォンはもとより21世紀に観察されるGAFAも、同じように指数関数的なプロファイルで成長していた。

したがって、本コラムが提案するGXプラットフォームであっても、図1の第一層に14の重点分野が組み込まれ、共感や成長期待という心理的なインタラクションが起きれば、脱炭素社会と企業や国の経済も指数関数的なプロファイルで成長するのではないだろうか。

このような視点で欧米や中国の国家プロジェクトを見直せば、確かにEUの「Next Generation EU」 も中国の「新型基礎施設建設」も、図1と類似の構図になっている。また、アメリカ全土で高速インターネット接続を実現するための光ファイバー網設置(6兆円)が2023年6月にアナウンスされた。その狙いは、アメリカのどの企業・産業であっても図1と類似のプラットフォームを構築できるようにするためのインフラの整備だと考えられる(※5)。

このように、EUも中国もそしてアメリカも仮想空間の産業利用、すなわち仮想化された産業とそのネットワークを活用し、共感の広がりや成長期待を自国内に創り出そうとしている。この意味で本コラムが提案する“必要にして十分な条件”としての図1の構図を、21世紀型の国家イノベーションシステムと考えてよいのではないだろうか。

(※1)長谷川眞理子(2023)『進化的人間考』、第18章、東京大学出版会
(※2)現在のスタンダードな経済学では、このような心理的要素が排除されているが、行動経済学は心理的な要素を積極的に取り込むことによって成立している。
(※3)この(1)式を世界で最初に導いたのが日本の市川氏。市川芳明(2017)「Simplified Dynamic Model of Two-sided Platform Business」、社会技術革新学会誌 第9巻第1号、pp32-35
(※4)本コラムシリーズ第1回の図1参照。
(※5)これによってどの企業・産業も、本コラムの第2章で紹介する図5の企業構図を構築できるようになる。

(3)GXには14の重点項目と規制・インセンティブとのインタラクションが必要

GXプラットフォームは、それ自体に共感と成長期待がなければ、企業も人もつながろうとしない。その場合、人と企業が積極的につながるために、我々はどのような手を打てばよいのだろうか。1つに、(1)式の第2項が示す成長プロファイルが人間の心理的な作用によって現れるという点に着目すれば、第三層でPaとRaが大きくなる仕組みを作ればよい。

先述したように、Paは第一層が第四層の規制の強さやインセンティブから受ける共感などの影響の度合いを示している。したがって第一層の人や企業が第三層へワンクリックアクセスできるようになれば、誰でもすぐ第四層の規制やインセンティブを理解・共有し、共感できるようになる。

例えば、日本国内外の市場参入規制やカーボンクレジットの広がりと価格、あるいは優先投資を受けることによる企業価値アップというインセンティブ、さらにESGやSDGs、Well-beingなどの、実ビジネスに与える影響をワンクリックアクセスできれば、心理的な作用のパラメーターとしてのPaが大きくなる。

個々の企業による規制遵守の度合いを第三層が第四層に代わってランク付けし、公表できれば、さらに効果的であろう。これによって第一層による第四層への共感と期待がさらに強く高まり、Paが増加していく。

一方のRaは、先述のように、図1の第四層が第一層の企業や産業の成長期待から受ける影響の度合いを示している。したがって第三層には、先に挙げた温室効果ガス排出/吸収量や消費電力の増減を可視化する機能だけでなく、脱炭素化に向けた技術イノベーションとそのインパクト、さらには政府の助成などを含む成長期待を可視化・公開する機能も必要である。

これによって14の重点項目のイノベーションに特化する図1の第一層(日本企業)に対して、第四層からの共感と期待感が高まりRaが増加していく。仮想化されたネットワークとしての第三層が、人間の心理的効果としてのインタラクションを生み出し、この心理的な効果が図1のGXプラットフォームを指数関数的なプロファイルで成長させるのである。

(4)オープンで中立的なオペレーションが必要

ここで我々が留意しなければならないのは、第三層を経由して生み出される心理的パラメーターPaとRaが、リアルな実ビジネスを担う第一層の企業の評価に直結するということである。この意味で第三層のオペレーションは、オープンで中立的な機関が担わなければならない(※6)。

もしこのオペレーションが営利企業に委ねられたことで、公開されなければ、心理的なパラメーターが恣意的に操作されやすく、第一層の企業行動も第四層の規制やインセンティブが歪められる。

それ以上に、第一層の企業が持つべきデータ利用権や第三者への提供権が侵害されやすくなるという警戒感が生まれ、GXプラットフォームの利用が進まない。GXプラットフォームの第三層に衆目監視のオープンで中立的な役割が必要となる背景はここにある。

(※6)本コラムでは、北九州市の“グリーン成長戦略”や北海道の“チーム札幌・北海道”のような、強力な推進母体を持つ都市や地域によるオープンなオペレーションを念頭に置いている。一般に営利企業でない公的機関が図1のようなプラットフォームのオペレーションを担うケースでは、GAFAのような寡占企業が生まれることがなく、仮想空間で生まれる経済的な価値の多くが第一層の企業にフィードバックされる。一方、オペレーションのすべてを営利企業に委ねると、経済的な価値の多くが営利企業によって寡占化されやすくなるだけでなく、第一層の日本企業はGXに関わる産業データの利用権が制限され、広範囲なデータ連携で主導権を取れない。

脱炭素化と成長の同時実現に向けて

(1)脱炭素化と成長の同時実現にはネットワーク型の新しい成長要素が必要

新しいモノやサービスがマクロな経済成長に与える影響を体系化した「青木吉川モデル」によれば(※7)、経済成長に貢献するのは、これまで語られた供給サイドよりもむしろ需要の創出、つまり伸びの大きい新たな製品産業を生み出すことだという。

それでもこの需要は必ず飽和する。したがって持続的な経済成長を作り出すには、需要の伸びが大きい新しい製品やサービスを次々に生み出すイノベーション連鎖がなければならない。シュンペーター的な供給サイドのイノベーション連鎖とケインズ的な有効需要の創出が共に必要なのである。これが吉川の主張である。

実はこのような伸びしろの大きな新しい製品産業の成長(市場拡大)は、時代を超え、産業の違いを超えて常に指数関数的なプロファイルであり、この指数関数的プロファイルを作り出すのがネットワーク型の成長要素なのである。

言い換えれば、これまで語られ続けた供給サイドのイノベーションや需要サイドの有効需要以外に、この2つをつなぐプラットフォーム型のネットワークが必要となる。これが(1)式の第2項から導かれる新しい姿の成長モデルである。

確かに欧米でも日本でも、19世紀から一人当たりのGDPが指数関数的なプロファイルで成長し続けた。この成長要素は、利用コスト(限界コスト)を10分の1以下へ激減させる鉄道網や電信網という産業ネットワークが国の隅々に広がることによって初めて生まれたのである。

(2) 脱炭素化を先導する企業・産業の成長プロファイル

21世紀の我々は、上記と類似のネットワーク型成長要素をさらに広範囲かつ強大な成長要素として作り出せるようになった。これが図1に示すCPS(Cyber Physical System)型のGXプラットフォームであり、成長プロファイルが(1)式の第2項の指数関数で表現される(※8)。仮想ネットワークの機能によって共感や成長期待がさらに高められ、脱炭素社会と経済成長を同時に実現できるようになるのである。

このような姿の成長プロファイルを図3の(a)で模式的に示すが、この成長プロファイルが19世紀のそれよりはるかに急峻なのは言うまでもない(※8)。

【図3】脱炭素化を推進する企業・産業の成長プロファイル

このような21世紀の経済環境であっても、もし日本のGXがこれまでと同じ第一層に閉じたものづくり的な物質的イノベーション(地上戦)に終始するのであれば、(1)でRaとPaが共にゼロになり、成長要素が(1)式のPnとRnだけになってしまう。

これでは脱炭素社会の実現に時間がかかるだけでなく、企業の成長や国の経済成長に対する貢献も非常に限定的となるだろう。これは図3の(b)にて示されるものだ。我々はこのような姿を1990年代から2000年代のエレクトロニクス産業で何度も目にした(※9)。

21世紀の我々は、日本の比較優位ともいうべき14の重点項目のイノベーション(第一層の供給サイド、必要条件)をテコに、今度こそ仮想空間の産業利用で先手を取り、図3の(a)のプロファイルで成長する日本企業を国内の隅々に生み出すことが望まれる。自動車産業やIT産業に続く21世紀の巨大産業を、図3の(a)のメカニズムで国の隅々に生み出すのである。地上戦から空中戦への転換を必要とする背景はここにある(※10)。

最近になってこれを可能にするテクノロジーが急速に進歩し、高度な専門家でなくてもデータ連携・共有ができるようになってきた。次の第3章でまず、この先端テクノロジーを紹介し、次にこれが普及することによって変貌する企業組織の構図を語ってみたい。

(※7)吉川洋(2020)『マクロ経済学の再構築』、第5章、4、岩波書店
(※8)最近になって成長要素に知的資本や人的資本を必要とする潮流が現れたが、これらはいずれもP.ローマーが提案する内生的成長理論の拡張である。あるいは、図1の第一層の供給サイドで新しい成長要素を追加する動きと言い換えてもよい。しかし、いずれにしても、仮想空間を活用する21世紀の産業プラットフォームはもとより19世紀から広がるリアルな産業プラットフォームであっても、供給サイドと需要サイドをつなぐネットワーク機能が、企業や国の経済の成長モデルに必要だったのである。
(※9)例えば小川紘一(2015)『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版』、翔泳社
(※10)21世紀になって資本主義の非物質主義的転回が語られ始めた。例えば、諸富徹(2020)『資本主義の新しい姿』、岩波書店。それでもここで取り上げられる非物質的な成長要素とは、人的資本や知的資本、投資、知的財産、ブランドなどであり、ソフトウェアとデータベースも少し追加されている。しかし、これらはいずれも図1の第一層に位置取りされる供給サイドの生産要素であり、P.ローマーの内生的成長理論の拡張に過ぎない。21世紀から大規模に広がるデジタル経済で、価値形成の主たる場が仮想空間へシフトするのであれば、図1の第二層と第三層で必須の産業データ、仮想空間、心理的共感、3つのネットワーク型成長要素、図5の企業構造、CPS(Cyber Physical System)、人工知能(AI)、そして大規模言語モデル(LLM)などが、資本主義の非物質主義的転回を象徴するキーワードになるべきでないか。

日本企業の現場力を競争優位に変えるデータベースが必要

(1)これまでのデータベースアーキテクチャが機能不全

21世紀の現在でも、日本を含む世界中の企業で、大半のデータはRelational Data Base(RDB)のアーキテクチャで蓄積されている。RDBでは1つひとつの情報(データ)の用語と意味、およびそのコード(0、1の組み合わせ)を、完全に一致させることで初めてデータベースとして機能する。

しかし、コラム第3回の第2章で詳しく解説したように、同じ企業の内部ですら用語もその意味もコードもバラバラであり、ましてや企業の境界を超えればさらにバラバラである。したがって図1で示した第一層の企業活動についても、このままではデータ連携も共有も進まない。これは日本企業のDXやカーボンニュートラルの推進を妨げる要因の1つとして挙げられる。

図1や図2の構図で脱炭素社会の実現と経済成長を同時に実現させるには、多くの企業が仮想空間を簡便かつ低コストで利用できるテクノロジーが必要なのである。

(2)半構造化データベースの提案

このような難題を解決するのが、図4の中央に設けた「半構造化データ」のデータベースアーキテクチャである。これを活用した超高速データプラットフォームを図4に示す。

【図4】仮想空間の産業利用に向けた超高速データプラットフォームのアーキテクチャ
(製造業の例)

このプラットフォームの中核に位置付けられた「半構造化データ」というデータベースアーキテクチャを導入すれば、たとえ非常に広い範囲でデータがバラバラに蓄積されていても、一気通貫で共有・統合できるようになる。

その第一の理由が、これまでRDBアーキテクチャで必須だったBit by Bitによる構造化ではなく、抽象化された上位概念のレベルで構造化できるからである。いわゆるコンピューターが出現した初期の機械語によるプログラミングではなく、1990年代のより高級化した言語によるプログラミングへ一気に進化した、と言い換えても良い。

この延長で、いわゆる生成AIを活用したLow Codeプログラミングによる構造化も可能になり、専門家でなく誰でも簡単に構造化できるようになるであろう。

(3)半構造化データベースが日本企業の現場力を競争優位に変える

半構造化のデータベースアーキテクチャが有効である第二の理由として、抽象化された上位概念の高級言語であれば、曖昧さが許されるのでデータ構造化の作業効率も飛躍的に高まるという点を挙げたい。ただし曖昧性が許されるということは、抽象化されたデータを解釈するオントロジー辞書が必要となる。

高度なオントロジー辞書は、生産現場やサプライチェーン、販売など、それぞれの現場に関わる深い現場知識と経験を持つ人でないと作ることができない。言い換えれば、半構造化のデータベースアーキテクチャが導入されることによって、現場力を持つ日本企業が優位に立てる状況が生まれる。

IT人材が非常に少ない日本企業の現場で、スタッフが自らの手で仮想空間のネットワーク機能を使えるようになるだけでなく、日本企業の現場力を経済的な価値へ変える力さえ日本企業に与えてくれるのである。

ここから日本企業による仮想空間の産業利用が広がり、脱炭素化と企業成長が同時に実現させる図3の(a)の企業が、国内で次々に生まれるであろう。

仮想空間の産業利用に向けた企業構図の変貌

(1)CPS型企業構図の登場

この延長で多くの既存企業が仮想空間を自社組織の内部に埋め込むことになるが、このとき企業の構図はどのような姿へ変貌するのだろうか。日本企業の例では、デジタル経営を強力に推進する安川電機と常石造船にその姿を見ることができる(※11)。これが図5に示す企業構図である。

仮想空間の強大な経済効果を活用する図5のCPSのメカニズムで、図1の第一層に位置取りされるリアルな企業活動全体のビジネス規模が自律的に拡大し、同時に利潤も自律的に増加する。テスラもBYDも、そして安川電機や常石造船も、産業データが生み出すネットワーク型の成長要素で新しい姿の成長軌道に乗り始めている。

【図5】仮想空間の利用に向けた企業構図の方向性

(2)Dynamic Capabilityが企業組織に埋め込まれる

図5の企業構図であれば、意志決定に向けて情報の流れが一点に集中する従来型のピラミッド構造から、自由でオープンな企業内ネットワーク型への転換が始まる。経営者は弱いつながりと強いつながりが共存する構図を、いつでも自分の意思で作り出せるようになる。

ここでSWT理論(Strength of Weak Ties theory)が教える“弱いつながり”が新しい姿のイノベーション連鎖を起こすのであれば、図5の構図は世界中の経営者が悩む Dynamic Capability(企業が環境の変化に柔軟に対応していくための能力)の企業組織への埋め込みはもとより(※12)、世界の経営学者が取り組む Dynamic Capabilityという未完の理論を完成に導く可能性が図5の構図に潜んでいる。この事実を改めて強調したい。

(※11)安川電機をこの構図へ転換させたのが現在の小笠原会長であり、常石造船の場合は若くして経営陣のトップ3に加わる芦田常務である。
(※12)例えば、入山章栄(2019)『世界標準の経営理論』、p.313-314, ダイヤモンド社

コラムシリーズを終えるにあたって

近代経済が始まる19世紀の後半から150年、産業構造を作り変えてゲームチェンジを起こし、歴史を動かしてきたのは、富の創出イノベーションを先導する企業であり国であった。これを最新の事例で語ればGAFAやアメリカとなるだろう。

我々がここで留意したいのは、産業データが世界の隅々へ広がる2020年代に、この産業データを発生させる主たる存在が既存の企業であるという事実(※13)である。言い換えれば、富の創出イノベーションを先導するのは、サイバー空間に軸足を置くGAFAではなく、リアルな実ビジネスに軸足を置く既存企業となるのである。

図1で仮想空間の産業利用を進める第一層の既存企業が図5の構図へ変わっていくプロセスで、産業構造を作り変えられ、ゲームチェンジも生まれる(※14)。このようなチャンスを手にする既存企業を次々に生み出す国が21世紀の歴史を作り変えていくのである。

このようなデジタル型産業経済の広がりを予見したためか、テスラやゼネラルモーターズ、あるいはルノー、BMW、ボッシュ、BYD、そしてトヨタなど、内外の自動車メーカーが、Digital Twinや仮想工場など、新しいキーワードを経営戦略として繰り返し強調するようになった。

既存産業の象徴である自動車産業で、多くの企業が仮想空間の産業利用を目的に、自社の内部に本稿の図1と類似のプラットフォームを構築し始めた。図5の企業構図へ向かうであろう。

例えばテスラは、2023年3月に発表した中期計画「Master Plan 3」(※15)で、EV以外に太陽光発電、蓄電池による電力網補強、鉄鋼・化学産業の電化などの5分野を強化するという(※16)。しかしながらテスラは、図1の第一層のモノやアセット単体だけで脱炭素化を目指すのではない。化石燃料時代を終わらせるという人類社会共通の使命をテコに、多様なインセンティブを第四層経由でモノやアセットへ引き寄せようとしているのである。

このプロセスで5分野の産業がすべて、図5の企業構図へシフトしていくであろう。類似の兆候がアメリカやヨーロッパの自動車産業に見え隠れするのは言うまでもない。

本コラムシリーズ第1回で提起した産業DXとは、まさにこれらの企業と同じように仮想空間の産業利用を目指すことを目的としている。長期低迷が続く日本の経済を新しい姿の成長軌道に乗せるためにも、そして脱炭素社会と経済成長の同時実現を可能にするためにも、仮想空間の産業利用が必要である。

我々はこのような新しい道を切り開く役割を、デジタルや産業データなど150年ぶりに現れた新しい成長要素を活用する手段として、図1のCPS型産業プラットフォームと図2のネットワーク型成長要素に委ねたい(※17)。

このような役割を持つ産業プラットフォームと成長要素を日本の隅々へ広く普及させるには、その一丁目一番地として、バラバラなデータを、半構造化データベースを経由して構造化する図4のプラットフォームが必要なのである。

そして、ここに関わるエコシステムパートナーのそれぞれにどんなメカニズムでお金が流れるかを事前に設計し、富の創出メカニズムを具体的に語らなければならない。これによって初めて、我が国が直面する社会課題を成長エンジンへ転化できると考えている。

再度繰り返せば、新しい姿の富の創出イノベーションを先導する(1)式で、第2項のネットワーク型成長要素が、強大な力をもって図1の産業プラットフォームと図5の企業構図を世界の隅々に広げる。この意味で2020年代から資本主義の非物質的転回が大規模に始まるであろう。

(※13)本コラムシリーズ第2回、1章
(※14)図1の第一層の企業が必然的に図5の企業構図へ変貌していく。
(※15)https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-02-08/RPQVCMT0G1KW01
(※16)テスラは、既に図1の第二層と第三層の機能を持っているので、これを5分野へ拡張すればよい、第一層の5分野の企業活動をデジタルデータ(Digital Twin)で表現すれば、第三層でこれを可視化・共有できる。生まれる共感をテスラのグループ全体へ埋め込むことで、部分最適としての個々の企業の成長(第一層)とテスラの全体最適としてのパーパスの実現(第四層)とが、System of SystemsとしてのPlus-sumの収穫逓増を作り出すのである。
(※17)図1の構図はその影響範囲が非常に広いのでサイバーセキュリティを含むデータルールの体系化が必要なのはいうまでもない。

コラムシリーズ:デジタルと産業データ時代に向けた成長戦略

執筆者

  • 小川 紘一

    東京大学
    国際オープンイノベーション機構
    エグゼクティブアドバイザー
    Ridgelinez シニアアドバイザー

※所属・役職は掲載時点のものです。

INFORMATION

Human ∞ Transformationや4X思考にご興味をお持ちの方へ

Human & Values Lab共鳴する社会展

―人と企業のサステナブルな関係―

「人と企業が共鳴する社会」をテーマに、人の価値観に関する研究成果を
展示形式でご紹介します

メールマガジン登録

Ridgelinezではビジネスに関する最新情報、イベント/セミナーなど、
様々なトピックをご紹介するメールマガジンを発行しています

お問い合わせ

Ridgelinezが提供するサービスについては、
こちらからお問い合わせください