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デジタルと産業データ時代に向けた成長戦略(4)

2023年10月18日

第4回:脱炭素社会と経済成長を同時実現させるGXプラットフォームの提案

本コラムシリーズでは、日本企業が新しい姿の成長軌道に乗るためにDXが果たす役割について考察している。第1回は、産業データの活用に焦点を当てたDXによる成長戦略の背景と意義について述べ、第2回は、国家レベルと企業レベルの産業DXを論じて既存企業を新しい成長軌道に乗せるための戦略構図を描き、第3回は、人と組織の行動フローによる可視化と共感の力を活用することで課題解決につなげる道筋を語った。第4回は脱炭素社会と経済成長を同時実現させるGXプラットフォームを提案する。

目次

1.強い政府による産業と市場の再構築が必要

  1)アメリカから始まる強い政府の産業政策

  2)2020年代の日本にも強い政府の強い政策が始まる

2.GXプラットフォームの提案

  1)GXプラットフォームの四階層モデルと、その設計思想

  2)GXプラットフォームを普及・定着させるための第二層の役割

 

1.強い政府による産業と市場の再構築が必要

1) アメリカから始まる強い政府の産業政策

1970年代からアメリカの政策に取り込まれ1990代に日本の政策思想にも大きな影響を与えた新自由主義経済の基本思想は、社会的市場経済に対して個人の自由や市場原理を重視し、政府による市場への介入を極力制限するイデオロギーであった。
しかしながら本コラムシリーズ(1)で紹介したように、当時のアメリカでさえ著作権法の改訂(1980年)や特許商標法の改正(1982年)あるいはバイドール法(1980年)や独占禁止法の大幅緩和(1981年)、SBIR法(1982年)、さらには国家共同研究法(1984年)による“当然違法の原則から合理の原則”への転換など、その後のアメリカの産業構造を一変させる政策を推し進めたのが、アメリカ政府の(レーガン政権の)強力なリーダーシップだったのである。
これら一連の事実は、スタンダードな経済学ではほとんど触れられていないが、国家共同研究法がなければパソコン産業やインターネットなどのデジタル型産業が広がらなかったはずであり、シリコンバレーの大発展はなかった。したがって、この延長に到来するIT産業の広がりは、もっともっと遅れていたことであろう。
これらの発展を背後で支えた一連の政策連鎖およびその法制化は、いずれも政府による産業構造と市場機能の再構築を目的にしたものであった。もし、これを自由競争だけに委ねていたら、国力漲る現在のアメリカはなかったはずである。
産業構造を変える必要のない安定的な経済環境であれば、政府による市場介入を制限することに、それなりの意味があるかもしれない。しかし、デジタルという新しい姿の生産要素が現れ、これが富を生み出し歴史を動かすイノベーションの中核になるのであれば、そして、これが地球温暖化という人間社会が直面する共通の課題解決で重要な役割を担うのであれば、デジタルが生み出す生産要素を効果的に活用するための、新しい姿の産業構造と市場機能が必要である。強い政府による産業構造の再構築と市場機能の再構築が日本に必要、と繰り返し本コラムが語る背景もここにあった(※1)。
EUのNext Generation EU(例えば、Green & Digital Europe、the Connected Europe Factoryなどの政策)、あるいは中国の次世代インフラ“新型基礎施設”建設(例えば、Digital、Smart(融合)、Innovationなどのキーワードで表現される政策)、さらにはアメリカのBuild Back Better政策でも、国家主導で100~200兆円も投資する巨大な国家再生プロジェクトが計画されている。
19世紀の欧米諸国や日本が、鉄道網と電信網という産業インフラ建設によって産業構造や市場機能を作り変え、近代経済を発展させた。今度は21世紀の主要国がデジタルな仮想空間(サイバー空間)という新しい姿の産業インフラを、150年ぶりに建設しようとしている。地上戦から空中戦への転換とアカデミアが語る背景がここにあった。

(※1)先に挙げたシリコンバレーで見る事例のように、産業構造の作り変えにはそれにふさわしい制度と産業インフラが備わっていなければならない。これが本コラムの第2章で提案するGXプラットフォームである。イギリスの産業革命も、蒸気機関などのテクノロジー単体だけでなく、このような広い範囲の包摂的な経済制度が備わって初めて起きた。アセモグル他『ALLマクロ経済学』、8章、8.2節、p.276-279,東洋経済

 

2) 日本でも2020年代から強い政府の政策が始まる

同様に日本でも、当時の菅首相が2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、これを契機にGreen Transformation(GX)という言葉が生まれた。また2022年6月に岸田内閣が「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」を閣議決定し、GXを重点投資分野の1つに位置づけた。今後10年間で政府が20兆円を先行投資し、民間企業に130兆円(合計150兆円)のGX投資を期待する方針さえ打ち出したのである。1990年頃から途絶えた強い政府の政策思想を蘇らせ、30年も続く日本経済の長期停滞に終止符を打とうとしているのではないか。
しかしながら、GXとして挙げた14の重点分野に政府が期待するのは、発電・蓄電、水素・燃料アンモニア、情報通信・半導体、物流、カーボン・リサイクル材料など、我が国が誇るECI(経済複雑性指標)を活かした物質的なイノベーションであり、伝統的な供給サイドのイノベーションによって脱炭素社会を実現しようとしている(※2)。
14項目の中の“ライフスタイル関連”としてCO2排出量の観測・モデリング技術やシェアリングなどのキーワードは散見されるが、本コラムシリーズ(2)(3)で、その重要性を語った、①分業とその結合・統合、②ネットワーク・コーディネーション、③ネットワーク・インタラクションなど、デジタルな仮想空間の活用によって初めて生まれる強大な成長要素を活用する方向性はここに無い(※3)。
したがって日本のGXで語られるキーワードは、EUや中国などが建設するデジタルな仮想空間としての産業インフラと大きく異なってしまった(※4)。日本のGXは地上戦だけで脱炭素社会を実現させようとしているのであり、このままでは欧米諸国や中国などが仕掛ける空中戦(仮想空間の産業利用)に対抗できない。
企業内に閉じた“擦り合わせ自前主義”(日本企業)と企業の外の”オープンな“ビジネス・エコシステム活用”(欧米やアジア企業)とで、富の創出メカニズムが全く異なるという事実を、オープンアーキテクチャへ転換する1990年代のエレクトロニクス産業で我々は何度も経験した。地上戦と空中戦で富の創出メカニズムが全く異なるという意味で、2020年代からこれが14の重点分野でも再現されるのではないか。

そこで本章では、14の重点分野に期待される必要条件としての物質的イノベーションだけでなく、その十分条件として仮想空間の産業利用を目指すGXプラットフォームを提案したい。フィジカル空間のリアルな企業活動をDigital Twinで表現し、仮想空間が生み出す新しい姿の経済効果を活用したいのである(※5)。
仮想空間を活用することによって、第一に既存企業を取り囲むレガシー慣習やコーポラティズムを切り放せるようになり、人や企業が共に成長期待を共有して刺激し合いながら新しい知識が次々に創造される。いわゆるボトムアップ型の草の根イノベーションを起こせるようになるのである。
第二に14の重点分野を担うすべての企業が、必要条件として供給サイドの成長要素(物的資本、人的資本、技術革新など)だけでなく、十分条件として仮想空間のネットワークが生み出す強大な成長要素(上記の①分業とその結合・統合、②ネットワーク・コーディネーション、③ネットワーク・インタラクション)を手にすることができるようになる。
そして第三に、14の重点分野を担う各企業が、仮想空間を介して需要サイドと直接コンタクトポイントを持てるようになる。これによって初めて、供給サイド(モノづくり)と需要サイド(脱炭素化を進める製品が選ばれていく市場)とで、仮想空間を介した相互インタラクションが起き、供給サイドと需要サイドが共に発展する好循環が生まれる。
我々はこれによって、自動車産業やIT産業に続く巨大産業を国内の隅々に作りたいのである(※6)。このような期待を込めたPlus-sumのGXプラットフォームについて、もう少し詳しく語りたい。

(※2)一部でここにサプライチェーンの整備・再構築も含まれる。
(※3)①、②、③の成長要素については、本コラムシリーズ(2)を参照
日本も“デジタル田園都市国家構想”という国家プロジェクトを持つが、その目的は、暮らしや産業などの領域で、デジタルの力により新たなサービスや共助のビジネスモデルを生み出しながら、デジタルの恩恵を地域の人々に届けていくことである。この意味で、本コラムがその重要性を繰り返し語る“ネットワーク型の成長要素”の活用、という新しい姿の産業プラットフォームは語られていない。一方、これが国内に閉じた公共投資であるという意味で、それ自身がグローバルな競争に晒されことがない。したがって効果的な政策ではないか。国内の公共投資による有効需要の創出という、ケインズ的政策が効果的だった背景もこれと同じ。
(※4)EU企業とアメリカ企業も、2010年代の中期から仮想化の産業活用へ向うプラットフォームの建設に取り組んできたが、2020年代になると中国企業も類似のプラットフォームを構築中。
(※5)我々は、比較優位とも言うべき物質的なイノベーションだけでなく,その上位層に自らの手でネットワーク型プラットフォームも構築し、これによって欧米企業や中国企業の勝ちパターン設計に先手を打ちたい。
(※6)本コラムが語るGXプラットフォームの構築は、決して大きな政府へ向かうことではない。「オープンアーキテクチャの経済環境の中の自由競争が結果としてPlus-sumの経済効果を生み出す」という、このような姿の産業インフラ建設と制度設計を政府のGX政策に求めたいのである。 なお、2010年頃までの中国もシリコンバレー型を採って経済発展を繰り返したが、2010年代になって強い政府による大きな政府構築へ向かっている。その理由としては、大衆主導のボトムアップ的イノベーションによって中国共産党の存続が危うくなるリスクを排除するためと言われているが、この姿は19世紀初頭のオーストリア・ハンガリー帝国やロシア帝国が鉄道建設や工業化に反対した理由と同じ。当時最強の大国であったこの両国は、鉄道建設によって生まれるボトムアッツ型のイノベーションや工業化が、帝国の存続を不安定にすると考えたのである。しかしながら、その後の両帝国は、国力がイギリスやドイツ、アメリカに比べて遥かに劣勢となり、衰退への道を歩んだ。オープン化の重要性やコーポラティズムの怖さ、イデオロギーの危うさを、ここにも見ることができる。

 

2.GXプラットフォームの提案

1) GXプラットフォームの四階層モデルと、その設計思想

本コラムが語るGXプラットフォームの概念図を図1に示す(※7)。ここで第一層は、これまでと同じフィジカル空間のリアルなビジネス層であり、脱炭素化に向けた14項目のそれぞれで技術イノベーションを競う場となる。必要条件としての物質的なイノベーションの場が第一層になる、と言い換えてもよい。
ここで仮想空間に現れるネットワーク型の成長要素を活用するには、第一層の企業活動の、例えば二酸化炭素排出量や消費電力などをまずデジタルデータで表現し、次にこのデータを構造化して互いがつながるようにしなければならない。これが第二層の役割となる。
次の第三層は、ネットワーク型の3つの成長要素を生み出すプラットフォームとしてだけでなく、第二層から提供されたデータを結合・統合し、今起きていることを多くの人が認識できる姿へ可視化する機能を持つ。
現状が可視化されて多くの人に共有されれば、脱炭素化に向けた共感が生まれる。この共感という心理的アルゴリズムが、第一層の企業群はもとより第四層の市民社会にも同時に広がり、人や企業の行動を脱炭素社会に向けて駆り立てるのである。可視化・共感・心理的行動を経て物理的な行動に至る一連のメカニズムを、GXプラットフォームで具体化したいのである。これが進化心理学から導かれる図1の設計思想であった。

【図1】 GXプラットフォームのアーキテクチャ(概念図)

このメカニズムをGXプラットフォームに埋め込んで定着させるには、強制力とインセンティブが同時に必要である。強制力としては市民社会が監視するグローバルな規制があり、インセンティブとしては、脱炭素化という価値を生み出す企業が、市民監視の中で優先的に選ばれていくメカニズムが欲しい。これらを同時に担うのが第四層の役割となる。
以上が本コラムで語るGXプラットフォームの設計思想であり、ここから脱炭素化を加速させる新しい姿の成長要素が生まれる。例えば、第一層で脱炭素化を阻むボトルネック領域が第三層の仮想空間で可視化され、これが第一層だけでなく市民監視の第四層でも同時に共有されれば、ボトルネックの排除に向けた自律的な行動が第一層に現れる。これがネットワーク・コーディネーションの経済効果である。
そのうえでさらに第四層の強制力やインセンティブによって第一層の企業や産業が刺激されれば、14項目の各領域で技術イノベーションの連鎖やこれを支える投資の連鎖が起こる。これがネットワーク・インタラクションの経済効果である。
例えば、日本では鉄鋼産業による二酸化炭素排出量が国内産業の40%を占め、水素還元製鉄への転換が迫られるもののハードルが高く、鉄鋼業界で賄いきれない巨額投資が必要である。この事実が第四層経由で市民社会の多くの人に共有されて理解が進めば、国家プロジェクトとして大規模な開発投資に向けた共感が生まれ、水素還元製鉄とその関連技術にイノベーション連鎖が広がる(※8)。第一層で起きていることへの共感および第四層の衆目監視によって起きる自由競争が、第一層で供給サイドのイノベーション連鎖を起こすのである。
これらが全て第三層による可視化・共有化が起点になって始まるという意味で、第三層はアマゾンやアリババなどが構築したマッチング機能を持つ。これを背後で支えるのが可視化・共有によって生まれる共感の広がりであり、この広がりが第一層と第四層との共生的なインタラクションを起こし、イノベーション連鎖へつながっていく。
言い換えれば、仮想空間としての第三層で生まれる経済的な価値がそのまま第一層の既存企業と第四層のエコシステム・パートナーへフィードバックされるという意味で、図1はいわゆるCyber Physical System(CPS)の構造になっている。そしてこのCPSは、第一層のリアルな企業活動をDigital Twin、すなわちデジタルな産業データで第三層に表現することから始まるのである。データを公開・提供する企業が直接的に恩恵を受けるフィードバックのメカニズムが図1のアーキテクチャ自体に埋め込まれている、と言い換えてもよい(※9)。
これを前提に我々がここで改めて確認したいのは、第三層で新しい姿の成長要素を生み出す産業データは、第一層でモノやアセットを生産し、あるいは利用する企業活動から生まれるという事実である。言い換えれば、産業データの利用権と第三者への提供権も第一層の企業が優先して持つことができる。この意味で産業データが広がる2020年代は、いわゆるアマゾンなどのプラットフォーマーではなく、第一層の既存企業(日本企業)が経済的な価値形成の主役となる可能性が出てきた。
この可能性を実ビジネスで具体化するには、第一層で14の重点分野を担う日本企業が第二層のデータ構造化(つながる仕組み作り)を先導しなければならない。例えば、本コラムシリーズ(5)の第2章で紹介する技術でつながる仕組み作りを先導できれば、第三層が生み出す強大な生産要素を引き寄せることができるのである(※10)。そこで次の「(2)GXプラットフォームを普及・定着させるための第二層の役割」では、第二層を活用するための留意点について論じたい。もし重点分野にサプライチェーンの整備・再構築も含むのであれば、ここでつながる仕組みがさらに大きな貢献をするであろう。

 

(※7)アマゾンのネット通販に代表される一般的なプラットフォームでは、図1の第三層だけをプラットフォームと定義するケースが多い。しかし本コラムでは図1の全体をプラットフォームと定義する。
(※8)現在はNEDOの試験高炉で研究中だが、図1のGXプラットフォームが無いため、イノベーション連鎖の兆候が見えない。
(※9)これまで欧米諸国から提案されたSmart GridやSmart City、Industrie4.0/5.0,GAIA-Xにも、またGEデジタルのPredixにもSiemensのMindSphereにも、そのアーキテクチャ自体に、データを公開・提供する企業が直接的に恩恵を受けるフィードバックのメカニズムが無い。したがって、これらのプラットフォームに、Plus-sumの収穫逓増メカニズムを実装することができない。欧米諸国から提案されるこれらの大部分が未だに概念にとどまっていて社会実装が進んでいない背景も、実はここにあるのではないか。
(※10)19世紀の人々と企業にとって、科学技術の力を自らの手で活用することが飛躍のための第一歩だった。21世紀は、これがデジタルと産業データの活用となる。その一丁目一番地がデータの構造化であり、広い範囲で散在するデータのつながる仕組み構築となる。

 

2) GXプラットフォームを普及・定着させるための第二層の役割

第二層の役割は、第一に脱炭素化に関わるデータを第一層の各企業から収集し広範囲に連携・共有できる姿に構造化することにあり、第二にこのデータを活用して脱炭素化に関わる企業活動のDigital Twinを作成することにある(※11)。
これによって企業活動を第三層で可視化し、これを共有することによって脱炭素化に向けた共感を広げたい。しかしながら、第一層で互いに競争関係にある企業が共感を共有するのは非常に困難である。したがって企業の境界を超えてデータを共有するには、互いの警戒心を排除する仕組みを、事前に、しかも最優先で考えなければならない。
警戒心を排除するための原理原則をこれまでの多くの事例で語れば、スモール・スタートの徹底となる。例えば、EUが提案するDPP(Digital Product Passport)のように、使用する材料や部品、製品の製造、ロジスティクス、リサイクル性、解体方法をも含む広い範囲で細部のデータも公開を求められるのであれば、図1の第一層の日本企業は本能的に警戒心を持つ(※12)。
我々に必要なのは、人間なら誰でも持つ共感という心理的アルゴリズムを効果的に活用するための最小限のデータなのであり、細部を問わない粒度の大きいデータに限定しなければならない。このとき当然のことながら、粒度の大きいデータの背後にある企業活動の細部は公開する必要がない。我々にはデータそれ自体のオープン&クロ―ズ戦略が必要なのであり、互いに共有し得る粒度の大きなデータをこの考え方で選べばよい(※13)。
例えば、二酸化炭素の排出量や電力消費量、あるいは削減した二酸化炭素の量や電力消費量などで十分である。このような粒度の大きいデータ(情報)であれば、今、身の回りで起きていることの全体像を第四層の市民社会が共有しやすくなるだけでなく、カーボンクレジットの取引に必要なデータとして利用できる。あるいは企業価値の向上に向けた投資家への公開データとしても活用できる。SDGsやESG、Well-beingへの対応もここに加えていいだろう(※14)。
これまで経験した事実によれば、共感が深まり、Win-WinでPlus-sumの経済効果を何度か体験して信頼感が生まれると、人も企業もデータの公開に関して警戒心が少なくなり、他のデータも積極的に公開するようになる。同時にこれまで公開を拒んだ企業も公開に参加し始める。このようにデータの公開・共有は、テクノロジーの問題ではなく心理的な要素が深く関わっているのであり、心理的な要素の問題解決には粒度の大きいデータに特化したスモール・スタートの徹底が必要である。
さらに、このように粒度の大きいデータに限定されるのであれば、ここで使われる情報/データのセマンティックやオントロジーが、そしてそのコード化や単位の統一も非常に単純化される。
ここで再度繰り返せば、脱炭素化と成長を同時に実現させるための一丁目一番地が、企業の境界を超えてバラバラに存在するデータの構造化であり、コードの一元化だが、粒度の大きな必要最小限のデータに限定し、そのうえでさらにコラムシリーズ(5)の第2章で紹介する半構造化データの概念を取り込んだ超高速データプラットフォームを活用すれば、多くの企業の境界を超えた広い範囲でのデータ連携とその可視化も容易になる。可視化されて多くの人と企業に共有されれば、さらに広い範囲で共感が生まれ、人や組織を脱炭素化へ駆り立てるエンジンとなって定着する。
そのうえでさらに、同じ共感を共有することで必然的に生まれるネットワーク・コーディネーションやネットワーク・インタラクションが新しい姿の経済効果を生み、第一層の個々の企業(System)と第四層の個々のパートナー(System)が、共に図1のプラットフォーム全体(Systems)と同期して成長し始める。これがPlus-sumの収穫逓増システムであり、このとき初めて政府がGXとして挙げた14の重点分野のイノベーションが、脱炭素化と企業や国の成長との同時実現に貢献するのである。

次回、コラムシリーズ(5)では、脱炭素社会と経済成長を同時実現させるGXプラットフォームが、仮想空間の産業利用によって指数関数的なプロファイルで成長する可能性、および、これを背後で支えるデータテクノロジーの進化について述べる。
このテクノロジーがさらに進化し続ければ、人類が直面する社会課題をGXプラットフォーム型の成長エンジンへ転化させる、という新しい姿の政策思想だけでなく、類似の成長エンジンで新しい姿の競争優位を構築する経営戦略さえも内外の主要企業に広がり始める。この延長で150年以上も続いた企業の組織構図が大きく変貌していくであろう。

 

(※11)このプロセスは、コラムシリーズ(5)の第2章の図3「仮想空間の産業利用に向けた超高速データプラットフォームのアーキテクチャ(製造業の例)」で説明予定。
(※12)たとえ法規制があっても、その効力はEU圏内にとどまる。しかもEUの主要市場はEUでなく、中国とアメリカ。デジュール標準に関わるWTOのルールも民間企業への強制力は限定的。
(※13)しかしながら、どのようなデータがいつ公開され、あるいはどのような企業が参加するかは事前に分からない。したがって、企業の境界を超えて構造化するためのデータテーブル(縦軸:レコード、横軸:項目、で定義したEXCEL表)は、レコードの数も名前もそして項目もどんどん追加されていく。したがって、たとえここに挙げたマクロで単純なデータであっても、そのデータテーブルはJSON型のデータ記述言語やKey Value型のデータベースなど、非常に柔軟なデータ記述言語を使って構築しなければならない。コラムシリーズ(5)の第2章で語る半構造化データの作成にJSONやKeyValueが多用されているのは言うまでもない。
(※14)一般に企業の境界を超えたデータの連携・共有が非常に困難なことは、どの国でも大差がない。このような経済環境でガバナンスを効かせるのが第四層の役割となる。第四層の衆目監視やグローバル規制、インセンティブ投資が結果的にマクロなガバナンスとなって第一層の企業行動フローを変えていく。

 

執筆者

  • 小川 紘一東京大学 国際オープンイノベーション機構
    エグゼクティブアドバイザー
    Ridgelinez シニアアドバイザー

※所属・役職は掲載時点のものです。

 

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